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嫌な男
「そいつは俺じゃない! ガーラだ! ガーラなんだよ!」
「また言ってるよ……。さっきからアイツ、あんな調子なんだ。いよいよ心配になってきたよ」
 ルインフィートは今度は哀れみの視線をハルマースに向けてきた。ハルマースはいよいよ気分が悪くなってきて、その場にしゃがみ込んでしまった。
「ガーラ?」
 ルインフィートが心配そうに彼の元に歩み寄った。心優しい王子は、弱っているものを放っておけない。そんな彼の性格を知っていたハルマースは、咄嗟にその気持ちを利用することを思いついた。
「気分が悪い……少し休ませてくれないか……」
「う、うん……大丈夫か?」
 ハルマースはようやく部屋に入れてもらえた。寝室へと通されて、そこで寝かされた。
「気分が良くなるまでそこで寝てるといい。お大事に」
 自分の姿をしたガーラが嫌な微笑みを浮かべている。背の高い自分から見下されると、威圧感を覚えると同時に物凄く癪に障った。
 ガーラが自分に成りすましているうちは、いくら自分が吼えても信用してもらえないだろう。このまま術の効力が切れるのを待つしかないのかと思うと気が遠くなった。
 なんとかして成りすましをやめさせる方法は無いかと、自分の寝台の上で横になりながら知恵を捻った。
 しかしすぐに、ガーラがしかめっ面をしながら寝室へとやってきた。
「塩がない。さっきお前、買ってたよな。よこせ」
 ハルマースは当然、すんなり渡す気にはなれなかった。
「俺に成りすますのはやめろ。王子に事情を説明するんだ」
「うーん、じゃあルインに朝ごはん作ってやれないなあ。かわいそうに、おなかをすかせているのに……」
「誰がお前に作らせるか! 俺が作る」
 ハルマースは立ち上がり、ガーラを押しのけて部屋を出た。
 ルインフィートは自分が作る料理の味を知っているはずだ。心を込めて料理を作れば、きっと自分がハルマースだと言う事に気がついてくれるに違いないと思った。
 ルインフィートは目をぱちくりさせて、調理を始めたハルマースを見ていた。ガーラが料理をしたことなど、今まで一度も無い。
「珍しいこともあるもんだな……」
 きっとわかってもらえる。ハルマースはそう気持ちを込めながら調理をした。
 しかし野菜を鍋に入れたまましばらく放置してしまっていた為に、素材の風味は失われ、微妙においしくない料理が出来上がってしまった。
 ルインフィートは正直に感想を述べた。
「なんか……ガーラには悪いけどハルマースのほうが料理うまいよ」
 ハルマースの気持ちは暗く沈んだ。自分の姿をしたガーラが、満足そうに頷いているのが見える。
 とうとう頭にきてしまったハルマースは、包丁を手に取り、その刃を自らへと向けた。
「いいかげんにしろよ……。いつまで俺になりすましているつもりだ。
 いますぐ王子に説明をしろ。さもなくばお前の腹を掻っ捌くぞ!」
「やめろ! とうとう気が触れたか!」
 ガーラがたまらずハルマースに飛び掛って、彼の両腕を掴んだ。ハルマースは腕を力いっぱい捻られて、痛みのあまり包丁を落とした。
 落とした包丁をすかさずルインフィートが拾い上げる。ハルマースはガーラに羽交い絞めにされながら、ルインフィートに悲痛な声で訴えた。
「王子……信じてください。俺がハルマースです。ここに居るこの男は俺に成りすましているんです。気づいてください……」
 あまりにも鬼気迫った表情に、ルインフィートはごくりと息を飲んだ。
「ハルマース……なのか?」
「騙されちゃいけません、王子」
 ガーラはハルマースの身体を離して、ルインフィートのほうへと歩み寄り、彼の身体を抱きしめた。
「でも……」
 ルインフィートの気持ちがぐらついているのがわかった。ハルマースは神に縋るような思いで、もう一言付け加える。
「俺しか知らないことを言いましょう。昨晩あなたは俺の上に跨り、自分で腰を動かしていた。俺の名前を何度も呼んで、三回も果てたではないですか。俺のものを咥えて離さなかった、あなたは本当にいやらしくて……そして……」
「それ以上言わないでくれ! わかったよ、間違いない……」
 ルインフィートは俯いて赤面した。ハルマースの姿をしたガーラから離れ、ハルマースのほうへと歩み寄る。
「ガーラ、貴様、俺たちの行為を覗いてたのか!?」
 ガーラがまた余計な事を言い、ルインフィートを抱き寄せてしまう。ハルマースは深々とため息をついた。
「ガーラ……お前、自分が覗きの趣味をもつ男だと思われても良いのか? この身体はお前のなんだぞ」
「何寝言を言っているんだ。いくら俺でものぞきなんてしない。見ているだけじゃ楽しくないからな」
「……お前」
 ルインフィートが息を飲み、ハルマースの姿をした者の顔を見上げた。ガーラは勘付かれたことを悟り、苦笑いを浮かべた。
「いやあ、面白いなあ、必死すぎて」
「お前、ガーラなのか……?」
 ルインフィートに問われて、ガーラは笑顔を浮かべただけで否定も肯定もしなかった。
「そいつは俺じゃない。ガーラだ」
 念を押すようにハルマースが彼を睨みつけながら言う。
「で?」
 ガーラはそのハルマースの視線を受け流した。
「俺とお前の身体は入れ替わった。そのことに何か問題が?」
「ひ……開きなおるな!! 問題大ありだ!」
 ハルマースが吼え、ガーラの身体に掴みかかった。ガーラはハルマースの身体でわなわなと震え、泣きはじめてしまった。
「俺だって好きでこんな目に遭ってるわけじゃない。少しぐらい楽しんだっていいじゃないか……」
「だから俺の身体でみっともなく泣くなって」
「プッ」
 ハルマースははっと振り返った。ルインフィートが必死に笑いを堪えているのが見えた。
「わ……笑わないでください!」
「だって面白いよ!」
 ルインフィートは耐え切れず、腹を抱えて笑い出した。あまりの屈辱感にハルマースは気が遠くなりかけた。
「いいなあ面白そうだなあ、俺も誰かと入れ替わってみたいよ」
 ルインフィートが能天気に、耳を疑うような言葉を吐いた。
「やっぱりルインに泣きつけばよかったんだ。こんなことぐらいでガタガタ騒ぐお前ってほんっとに肝っ玉が小さいよな」
 何故かガーラが誇らしげにハルマースを見下した。ついさっきまでみっともなく泣いていたというのに。
「お前という奴は本当に……」
 言いかけて、ハルマースは突然冷静になった。自分になりすましたガーラを見て、何故こんなにもムカムカするのか。
 答えは他ならない、自分という男は他人から見たら相当嫌な男として映っていると言う事だ。
 ハルマースはがくりと膝をついた。
「俺は醜い男だ……。騎士でありながら王子を独り占めにしたいと思っている。別の誰かが王子と親しくするのが許せないんだ。一日たてば俺は俺に戻るのにそれでも許せないなんて、なんて心の狭い男なんだ」
 ハルマースは拳を握り締め、歯を食いしばって涙が出そうになるのを耐えていた。
「あ、あんま思いつめるなよ。そんなに想って貰えて俺は凄く嬉しいよ」
 肩に優しくルインフィートの手がかけられた。ハルマースは堪えきれずに涙を流した。
「ああ……王子は本当にお優しい。こんな醜くて自分勝手な俺をあなたは受け入れてくださる。俺はずっとあなたと共に参ります。生涯あなたを護り抜くと誓います」
「俺の姿で臭う様な言葉を言うなよ……」
 ガーラが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「ガーラ、お前には感謝せねばならない。俺がいかに嫌な男なのかを教えてくれた。お前がいつもこんな気持ちで俺たちと接していたのかと思うと、泣けてくる」
 ハルマースはガーラの肩をぽんぽんと叩いた。ガーラは癪に障るという気持ちを通り越してげんなりしていた。ハルマースの上から目線がとにかく気に障るのだ。
「ハルマースは嫌な男じゃないよ」
 傍らでルインフィートがのん気に笑っている。ガーラは深い大きなため息をついた。ハルマースは喜びに満ち溢れた表情をしていた。

 げんなりしながらもガーラはルインフィートになぜこうなってしまったのか説明をした。
 ルインフィートは話を聞いて腕を組み、うーんと考え込んでしまった。
「一日身体が入れ替わる……か。今日一日、どう過ごしたらいいんだ。慣れない体で地下迷宮に行くのは危険だよな」
「そうですね……一応魔術はいつもどおり使えるみたいですが、体格が違うので行動に少し違和感があります。身体が元に戻るまではおとなしく過ごすしかなさそうです」
 ハルマースが朝食の後片づけをしながら言った。
「そういうわけだからお前、俺のふりしてウチで一日過ごしてくれ。俺は今日一日ここでおとなしくするからさ」
「お前と王子を二人きりにできるか!!」
 ハルマースはガーラの言葉にかっとなり、手に持っていたフォークを投げつけんばかりの勢いで怒鳴りつけた。

 結局三人は丸一日、二人の部屋で一緒に過ごすことになった。最初は面白がっていたルインフィートも事あるごとに衝突する二人を見て、次第に気が滅入ってきた。
「お前達なんでそんなに仲悪いんだよ……。永遠にそうやって揉めてるつもりか?」
 ルインフィートが呟いた言葉に、ガーラが不服そうに答えた。
「俺は揉め事は好きじゃないし、コイツとも親密にしてるつもりなんだけど、どういうわけか突っかかってくるんだ。俺のことがそんなに気になるなんてお前、ひょっとしてほんとは俺が好きなんじゃないか?」
「ふ……ふざけたことを言うな!」
 ハルマースは顔を真っ赤にして叫んだ。ルインフィートが腹を抱えて笑い出した。


 この件でハルマースは様々なものを学んだ。
1.自分は結構嫌な男かもしれない
2.ガーラはそれを上回る嫌な男だ
3.王子があまりにも鈍いので、ちょっとだけガーラに成りすまして痛い目にあわせてしまおうかとも思った
4.王子が笑い出した時は本気で犯そうかと思った
5.我慢した自分はガーラよりもまともな人間である
6.やっぱりガーラは最悪な男だ

⇒END

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