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銭湯開始

[語り:ガーラにいさん]

 すごく蒸し暑い日だった。
 何時ものように俺とジュネと、王子様とその下僕と地下迷宮を探索に行った帰り、俺たちはふと奇妙な建物の前を横切った。
 それは瓦屋根の異国の古い建物で、入り口の前にのれんというものがかざしてある。そしてもっとも特徴的だったのは、建物の裏の方から伸びる細い煙突。まるで天に突き刺さりそうだ。
 どうやら新しく作られたらしい。建物の前には、開店記念の花輪が飾り付けられている。
 その店らしきものを見て、サントアークの王子様が足を止め間の抜けた声で下僕に問う。
「あれ、なんだろう」
 スカした声で下僕は答えた。
「あれは、銭湯だな。
 一般小市民の為の共同浴場というか……」
 一般小市民は余計だろう。下僕の癖して何様のつもりだ。いちいちカンにさわるやつだ。
「そっかあ、お風呂なんだ。
 丁度入りたいと思ってたんだよ。
 せっかくだから行ってみようよ」
 なにが折角なのだろう。奴は勝手に建物の方へと進み出した。しかしすかさず下僕が止めに入った。
「やめないか、人前に肌を晒すことになるんだぞ」
 そういうや否や、王子はいい年こいてだだをこねはじめた。
「だって、汗でべたべたして気持ちわるいんだもん!!
 お風呂入りたいよ!!」
「なら早く帰ればいいだろう?
 第一着替えはどうするんだ。また汚れた服を着ることになるんだぞ」
 もっともらしい下僕の言葉に王子はむくれっつらだ。
 ほんとこの下僕、偉そうだよな。俺だったらクビにするぜ。
「だってうちのお風呂、狭いんだもん……」
 ほんとにこの王子はわがままだ。いつまでも王子様気分でいたいなら国へ帰ればいいだろうに。そうすればでっかい風呂にも入れるだろうに。
 しかしこの下僕は、本当にこいつに甘い。偉そうなことをぬかしといて、半端じゃなく甘い。
 はっきりいって、躾がなってないぜ。
「……わかった……。少し待ってろ。
 ハナシつけてくる」
 おいおいいったい、なんの話を付けてくる気だ?
 奴は俺たちを店の前で待たせ、一人で店の中に入っていった。
 俺たちは帰ってもよかったんだが、ジュネが動こうとしなかったもんで一緒に待たされた。
 ジュネの奴、よりにもよって下僕なんかに惚れやがって……。
 俺は兄として忠告したい。そいつに惚れると不幸になると。ジュネの将来が心配だ。
 しばらくして下僕が出てきた。
 不審な書類を携えて。
 そしてやつは、とてつもないことをぬかしてけつかった。
「店舗買収の仮契約をしてきた。
 ここは今夜から、俺たちの風呂だ」
 信じられんアホだ。
 常識で計ることなど恐れ多い。しかしはっきりいってアホだ。
 権力者の力というものは恐ろしい。
 よりにもよってこんなやつに惚れるとはと、俺はジュネの方を伺った。
 信じられないことにジュネは頬を染め、恍惚な表情をしていた。
 俺は兄として忠告したい。
 行動力がありすぎるのも時として問題なんだと。
 キワな所で常識人なアホ王子は、目と口をポカンと開けたまま固まっている。
「広い風呂が欲しかったんだろう?
 今夜から入り放題だ。だから今は部屋に戻るぞ」
 そう言うと下僕は動けない王子の手をひいて、宿の方に歩きはじめた。
 やつは頭がおかしい。心の底からそう思う。
 王子のためなら、平気で戦争すら起こしそうだ。
 実際平気で、人も殺す奴だからな。つくづくあぶない奴だ。
 きっと銭湯の主も脅して買収したのだろう。奴は本当に正義と道徳の国サントアークの騎士か?やることが外道だ。
「いいっすねー、おっきい風呂に入り放題かあ」
 信じられないことにジュネがそんなことを呟くと、下僕は勝ち誇ったように微笑んだ。やめろ、お前が笑うと気味が悪い。
「いつでも入りにきてください。
 二人では広すぎますから」
 この男、真面目なふりして相当なタラシなのだ。俺の目の前でジュネを風呂にさそうとは、いい度胸だ!!
「何を言っているんだ、よさないかジュネ。
 お前が望むなら今度父さんに頼んで大きな露天風呂を作ってもらおう。
 そうだな、この辺は温泉なんかでないから、どこかの温泉源からテレポーターでも使って、お湯をひいてこよう。
 なんだったら泡風呂やサウナも用意しようじゃないか。
 小さい風呂をいくつも用意するのもいい。桧風呂なんかもいいし、浴槽を黄金で作った黄金風呂なんかは男のロマンだな。
 そうすれば年中無休で温泉気分だぞ。
 そして……」
「兄さんやめて恥ずかしい」
 どういう訳かジュネは俺の壮大な計画を遮って、俺のことを睨んでいた。
 何故だ!? 何故兄の俺をそんな目で見るんだジュネ!!

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