修羅場の逆襲
ガーラの指先は執拗にルインのそこに絡み生かさず殺さず責め立てた。左手はルインの喉元に添えられ、苦しそうに乱れる彼の呼吸を制御している。もう解放してほしいと、ルインは苦悶の表情を浮かべながら自ら足を大きく広げ腰を浮かせた。
「駄目だよ、まだ……」
ガーラは薄笑いを浮かべながら、ルインの高ぶりの括れた部分を強く締め上げる。
「んーっ、んんーっ……!!」
悔しそうに、身を捩らせながらルインは涙を流した。一体何のためにこんな目にあわされるのだろう。ルインはいくら考えても性欲処理以外に理由が見つからなかった。その気持ちを見透かしたように、ガーラはルインの耳元に声をかけた。
「俺はお前が嫌いなんだ。
苦しんでる姿を見ると、気が晴れる……」
その囁きを聞いてルインは戦慄を覚えた。
この野郎……
どこまでも性根の曲がった奴めと、彼を睨み付けた。お前は子供かと問い掛けたいくらいだった。
朝を迎え家の者たちが目を覚ましたのだろう、あちこちから物音が静かに聞こえ始める。そして、一つの足音が部屋に近付いて来るのがわかった。足音は部屋の戸の前で止まり、こんこんと軽く拳で叩かれる乾いた音が部屋に響いた。
「兄さん、マディ…いや、ハルマースさんが来たんだけど……」
ガーラの弟のジュネの声が聞こえる。かちゃり、とゆっくりとその扉が開かれてしまう。ルインに気絶しそうなほどの緊張が走った。
もう駄目だ……。
ルインの頭の中は真っ白になった。
ガーラは予想していたかのように、寝台に括り付けられているルインに頭の上の手首をも隠すように冷静にばさりと布団を被せた。しかし、隠しきれなかった足下が僅かに震えていた。部屋を訪れたのはジュネ一人で、ジュネは下着一枚だけの姿の兄にいぶかしげな声をかける。
「兄さん、何やってたんだい……?」
歩み寄るジュネに、ガーラは何ごともなかったように微笑んだ。
「まだ寝てるんだ。
そっとしておいてやってくれないか?」
「…………」
ジュネは黙って視線を寝台へと向けた。どう見ても不自然な布団の掛け方だった。布団を被せられ、視界を奪われているルインにも、ジュネの不審そうな視線は痛いほどに感じ取れた。そしてとうとうジュネは、枕の上の寝台の骨格に何かが括り付けられているのを認識してしまう。
「兄さん、これは……?」
ジュネは布団に手をかけるが、その手をガーラが掴んで引き離した。
「寝てるって言ってるじゃないか。
俺を信じないのか?」
睨まれ、ジュネは気圧されたように手を引っ込めた。布団の中のルインは動揺し精神は張り詰め、汗だくになっていた。身体はたかぶったまま放置され、いつ事態が暴かれるとも知らない緊張に息が止まりそうだった。ハルマースはもうこの家の中に来ているのだろう。そう確信すると背筋にぞくりとしたものが走る。
もう耐えられない……。
ルインの緊張の糸がぷつりと切れた。
ばさり、と、布団が蹴りあげられて床に落ちた。ルインはもはや自分の羞恥心などかなぐり捨て、ジュネに助けを求める事を選んだのである。
無惨に寝台に両手を括り付けられ、口を封じられた汗だくの傷ついた裸体が朝日に晒された。その雄の部分は今だ熱を持って主張している。突如として目の前に現れた淫靡な光景に、ジュネは驚愕し目まいを起こす所だった。
ガーラは絶句し、固まった。まさかルインが自らこんな行動を起こすとは思わなかったのである。ルインを精神的に追い詰める為に取った行動が、すべて自分を追い込む諸刃の刃と変わってしまった。墓穴を掘ると言うのはまさにこのことである。
「んーっ! んーっ!!」
ルインは涙をぼろぼろ流しながらジュネに目で助けを訴えた。呆気に取られていたジュネは我に帰り慌ててルインの戒めを全て解除してやった。ジュネは震えるルインに大丈夫かいと、体に毛布を被せてやると鋭い視線をかたわらに呆然と立ち尽くす兄に差し向けた。
まずい……
ガーラは一歩二歩後ずさった。何故か、乱暴者の妹に行為を目撃された時よりもやばい気がしていた。
「あなたという人は……!!」
ガーラは弟に今まで見たこともない激しい怒りの形相を向けられて、戸惑いの色を隠せなかった。戒めから解放されて安心したルインに急激な眠気が襲い、ふっと瞼を閉じたその時、背後に人の気配を感じて慌てて後ろを振り返った。
部屋の入り口に、青白い顔をして背の高い長髪の青年が立っていた。
「ガーラ……なんだその格好は」
今ここに来たのだろう。毛布にくるまってしゃがみ込んでいるルインの様子より、下着一枚のガーラの姿が気になったようだ。部屋の中に緊張が走る。ルインは迎えにきてしまった付き人ハルマースの顔を直視することが出来ずに、うつむいて黙り込んでいた。
「ほら、帰るぞ」
なに食わぬ顔をして、ハルマースはルインに手を差し出した。ルインは困惑した。このままハルマースの手を取り立ち上がれば自分が全裸だということがばれてしまう。
「お、俺……」
「ハルマースさん」
突如ジュネがハルマースの前に進み出た。
「二人とも今着替え中みたいですから……」
そう言ってジュネはハルマースに微笑みかけた。
「先に向こうで待っていましょう。
よろしければ一緒に朝御飯でもどうっすか?」
ジュネはハルマースの手を取り、強引に部屋の外へと引き出した。ガーラの顔をぎろりと凄みのきいた笑顔で睨みながら、ジュネはハルマースを連れて去って行った。
「は……はは……」
ガーラは脱力したようにへたりとしゃがみ込んだ。
「こういう緊張も、たまにはいいだろ?」
ガーラはにやりとした微笑みをルインに向けた。ルインは冗談じゃないやと、ぷいっとそっぽを向いてみせた。ルインは浮かない顔をしていた。複雑な想いが脳裏を巡る。もう少し自分に勇気があれば……と。
どうして何もかもさらけ出して彼に飛び付けなかったんだろうと。
ルインは自分の気持ちを確信している。ハルマースが好きだと言うことを。いざと言う時に大胆になれない自分が情けなくなった。
「はははははははっ……!!」
突然ガーラは高笑いを始めた。何事かとルインはガーラを睨み付ける。
「お前はほんとに面白い奴だな。
俺の前では自分から腰を振るくせに、あいつの前では貞淑を気取っているのか」
その心ない言葉はルインの心深くに突き刺さった。返す言葉が見つからず、ルインは毛布に顔をうずめて泣き崩れた。
「そうだよ……。
お前の……言う通りだ……」
消え入りそうな弱い声でルインは言う。予想外に傷ついた様子のルインにガーラはちくりと胸元が痛むのを感じた。いままでルインは何をしたって自分に反抗して食らい付いてきた。弱みを突いたとでも言うのだろうか、目の前の強いと思っていた青年はうなだれている。
罪悪感……?
そんな馬鹿なという思いでガーラはルインから視線をそらした。
「虫酸が走る……」
ガーラは吐き捨てるように呟いた。
修羅場のあと、何ごともなかったように一同はジュネの作った朝食を摂った。ハルマースは礼儀正しく礼の言葉を述べジュネに頭を下げると、元気のないルインを連れて家路についた。
帰り道、二人に会話はなかった。
ルインには前を行くハルマースの背中がやけに遠く霞んで見えて、やりきれない気持ちでいっぱいになっていた。
自分を守ってくれているのは、仕事だからなんだろう?
いつも側にいてくれるのに、なんて遠いんだろう……
ルインは溜め息を漏らした。朝日に照らされて二人の影はつかず離れず揺れていた。