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古の森
 やがて視察の旅からエルザールが帰還し、応じてダルマースも慌しく動き始めた。
 サントアーク西部の深い森の中に、魔族の集落が発見されたのだ。
 強力な魔の力を持ち、人と異なるものはサントアークでは存在そのものが悪と認識され、有無を言わさず排除の対象となった。
 今回発見された西の森の集落には幾度となく部隊を送り込んで殲滅を図ったが、その度に返り討ちに遭って被害を受けていた。
 一般の兵士では手に負えない強力な魔物がいるのだろう。
 そう判断したエルザールはダルマースにより強い騎士を派遣するよう命じた。

 ダルマースは調査隊の者から渡された報告書に目を通した。
 魔族が住み着いているという森はかなり古く、迂闊に入り込むと戻って来れなくなるという。森の中は凶暴化した動物や魔物が出ることがあり、近隣の町では夜のうちに家畜が襲われるなどの被害に遭うこともあったという。
 現れる魔物は吸血蝙蝠が多く、その他には狼や巨大化して凶暴になった鼠などが大半を占めているようだった。
 ダルマースはそこに住まう森の主は間違いなく吸血鬼だろうと予測した。
「厄介な相手だな……」
 ダルマースは怪訝な表情になった。吸血鬼は不死怪物である。
 普通に殺傷することが出来ない為、普通の戦いを挑んでも勝ち目は無い。
 また騎士を派遣しても無駄に終わると予想したダルマースは、自ら森へ向かうことにした。

 息子の通う学園の新学期が始まる数日前にダルマースは出陣することになった。
 森は王都から少し離れており、暫くダルマースは自分の邸宅には戻ってはこれないと息子に告げた。邸宅の門の前まで、ハルマースは父の荷物を持って歩いた。
 ダルマースが戦いに赴くときの荷物はいつも驚くほど少なかった。騎士が持つような長剣は持たず、小ぶりの片刃の刀を二振りと、投げて使う鋭く研がれた小さな金属で出来た武器――手裏剣が数個。そしてハルマースも使い方を知らないような小物が入った袋を持っていく。
 また防具も板金の鎧は身に付けずに、いつもの服装の下に薄い鎖帷子を見にまとっているのみだった。
「お前を見送ることが出来なくてすまないな」
 ダルマースは息子を見据え、肉付きのすらりとした青鹿毛の馬に跨った。
 ハルマースは顔を横に振り、笑顔で父に荷物を手渡した。
「御武運を」
 やがて迎えの騎士が現れて、門の前でダルマースに敬礼をした。
「王子を頼んだぞ、ハルマース」
 そう告げるとダルマースは騎士たちと共に馬を走らせ、西の古森へと向かった。
 ハルマースは父の姿が見えなくなるまで門の前で立っていた。

 いくつかの町を数日をかけて経由して、ダルマース達は森の近くの町までたどり着いた。
 町は森の影に怯えて表を歩くものも少なく、閑散としていた。しかし大将軍が来た事が知られると町人たちは恐る恐る表に出てきて、道のはしばしでダルマースにひれ伏した。
 騎士の詰め所で地元に配属されている騎士と合流し、作戦を練りなおした。
 集団で森に入るのは統制が執れず、かえって危険であると判断したダルマースは、少数精鋭で自ら行くことにした。
 森から漂う無気味な邪気のようなものにあてられ、勇敢な騎士の馬も怯えていう事を聞かないので徒歩で森の中を探索することになった
 相手は吸血鬼であるという事が予測されたので、教会からも高位の戦いに長け武装した神官が遣わされた。
 最終的に舞台は六人編成になった。
 ダルマースは部下に気遣われて町で待機するよう望まれたが、自ら先頭になって戦うことを望んだ。

 ダルマースは久しぶりの戦いの予感に、戦士としての血が騒ぐようだった。
 しかも相手は人ではない。思う存分、何のためらいもなく暴れることが出来る。
 早朝、部隊は森に分け入り進軍した。数刻もしないうちに魔物たちは襲い掛かってきた。
 選び抜かれた精鋭部隊は臆すことなく魔物たちを蹴散らしていった。
 やがて森の魔物は侵入者がかつてよりも強大な事を知ったのか、姿を現さなくなった。
 ダルマース達は調査隊が多くの犠牲の元に作成した道しるべと地図を頼りに進んでいった。
 ふと、森の影が薄くなったところでダルマースは空を見上げた。
 彼は有翼の魔族と思わしき者が何かを抱えて飛び去っていくのに気がついた。
 抱えているのはどうやら子供のようだったが、瞬く間に森の影に消えて行方が分からなくなった。

――見逃すか、それとも追うか

 一瞬の判断でダルマースは見逃すことを選択した。この深い森で有翼の魔族を探すのは至難の業だろう。
 子供を逃がされたのは少々気になったが、今はこの森の主を退治するほうが重要である。
 そして同時に、主の住処が近いだろうという事も確信した。
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