HOME/NEXT
乾いた朝
 空は徐々に白み始めている。明け方の空気が青年の目を覚ます。夜を明かした場所は自分の部屋ではない。寝台の隣には銀色の髪を持つ美しい部屋の主が安らかに寝息を立てていた。
 目を覚ました金髪の青年……ルインはその様子をじっと隣で見つめていた。自分の体は瞬きも面倒になるほどに重く気怠い。ルインの手首には何かに縛られて鬱血したような痣が生々しく残っていた。昨晩二人はいつもの公園で出会い、ルインはガーラに言葉巧みに彼の自宅に連れ込まれたのである。

 今日は何もしないから。
 そう言っておきながらガーラは部屋に連れ込むなり嫌がるルインを寝台に縛りつけ無理やり犯すのである。やられる方もやられる方だが、何か影を潜めたガーラに迫られると人の良いルインには彼の誘いを断ることが出来ない。ガーラの容姿は美しく組み敷かれるとうっとりと魅了されそうな気分に陥るが、彼の自分の抱き方は身体を気遣わずにわざと痛みを与えてくるような、まさに強姦そのものだった。ルインの身体は昨晩の行為による痛みがあちこち残されていた。

 この野郎気持ち良さそうに爆睡しやがって……。
 ルインは銀髪の青年……ガーラが憎たらしく思えて、だるい身体をものともせずに彼の柔らかな銀の髪を掴んで引っ張った。
「痛ぇな……なにすんだよ……」
 不機嫌そうにガーラはルインの手を払う。ルインはぶしつけに、ガーラにこう言い放った。
「お前とやってもちっとも気持ち良くない!」
 朝っぱらから変な訴えを起こされ、ガーラは何ごとかとぎろりとルインを睨み付ける。ルインは怯む事なく、ガーラに抗議を続けた。
「だいたいお前、縛らないと出来ないのかよ! 変態!」
 まだ意識も覚めやらぬうちから辛辣な言葉を吐かれてガーラはなおも不機嫌そうにルインを睨み付けた。ガーラはただでさえ低血圧で寝起きは弱い体質だった。しかしルインは構わずに抗議を続けた。
「見ろよこの手首! こんな痣になっちゃって!
 もうすぐマディが来ちゃうから、早く治してくれよ!」
 ルインはガーラに手首を差し出した。少々虐待の趣味のあるガーラの表の顔は神聖魔法を使いこなす心優しい聖職者である。行為の証拠はガーラ自ら治療し消し去っていた。しかし今日のガーラは頭ごなしになんやかんやと言われて物凄く不機嫌だった。ガーラは差し出された手首を掴み、曲げられない方向へと無理に捻った。
「いっ、痛いっ!」
 ルインはたまらず再び寝台に倒れ込んだ。瞬間に、ガーラは容赦なく痛みを訴えるルインの身体にのしかかった。
「誰が来るって……?」
 ガーラは悪意の籠った声でルインの耳元に囁きかけた。
「気持ちよく無いって言うなら、これから望み通りにしてやるよ」
 意地悪なガーラの声に、ルインは血の気が一気にひいた。
「えっ!? ちょっと待てよ!
 もう帰るんだよ!!」
 ルインは必死に暴れてガーラから逃れようとするが、痛みの残る身体は思うように動かない。ガーラは容赦なく昨晩ルインを戒めていた布で再び彼の両手首を寝台に括り付けた。


「てっ、てめぇ朝っぱらから……ケダモノ!!」
 ルインは大きな声で叫ぶように抗議した。隣の部屋で眠っているであろうガーラの妹にはもう二人の関係を目撃されている。あられもない姿を見られるのは恥ずかしいが、声が届けば彼女は助けに来てくれる……。そう思ってルインは大きく息を吸い込んだ。しかし、ガーラもそうはさせまいと彼の唇を自らの唇でふさぎ込んだ。
「んんんっ……!」
 ルインは苦しそうに身を捩った。抵抗しようにも両手は頭上に括り付けられて動けば動くほどに激痛が走る。ガーラはルインの口腔を犯しながら、寝台の脇に掛けられてあった汗を拭くための横長の柔らかい布を取った。
「騒がれるとたまらないから……」
 ガーラはその布をルインの口を塞ぐようにして顔に巻き付けた。
「んーっ、んんー……っ!」
 ルインは涙目でガーラを睨み付けた。なんだってこの男は自分に対してこんな酷い仕打ちをするのだろうか。そう思いつつもルインは彼を憎み切れない自分を呪った。
 昔はこんな奴じゃなかったのに……。
 ルインの脳裏に出会った頃のガーラの神々しいまでに白い姿が浮かび上がる。ルインはガーラの正体を、いつか暴いてやると心に誓った。

 急におとなしくなったルインの様子に、ガーラはくすりと含み笑いをもらした。
「こうして縛られていると、落ち着くかい?」
 そんな事を言われてたまらずルインは慌てて首を横に振った。嫌がるルインの様子を見て、ガーラはますます嬉しそうににこにこ微笑んだ。ガーラは、抵抗する力を奪われながら、なおもあがき続けるルインの姿にことさら性的興奮を呼び起こされるようである。そんなガーラを更に煽るように、ルインは涙で滲みながらも強い意思の光を放つ瞳で彼を睨み付けた。
 だいぶ昇り始めてしまった朝日が部屋の中に差し込み、淡い光に二人の姿が照らし出される。
 マディ……ハルマースがいよいよ迎えに来てしまう。ルインの気持ちに余裕がなくなり焦りを覚えていた。
 そんなルインの心中を察したのか、ガーラは組み敷いたルインの胸元にそっと耳を寄せてみた。ルインの心臓の鼓動ははち切れそうに強く速く打っていた。
「興奮しているね。嬉しいんだ……?」
 違う! とルインは叫びたかったが、口を塞がれているので唸るのが精一杯だった。精神的に圧迫をかけられて、何もされていないのにルインの身体は汗に濡れ始めていた。もはや、犯したいなら早く済ませてくれと、そんな気持ちでルインはガーラから顔を背け瞳を閉じた。
 しかし顔を背けられると途端にガーラはルインの顎を掴み、自分の方へと向けさせた。
「俺を見ろよ」
 先程までとは違う、強い口調でガーラは言い放つ。残忍な微笑みは消えていた。ルインはガーラを睨み付けた。自分だって俺の事を見ていないじゃないか……と、その目で訴えるように。お互い恋をしている訳でもない二人が身体を無理やり交えても、気持ちがいい訳がない。
 身体は満たされても心が潤うことは無い。ルインは神妙な面持ちでガーラを見つめた。
 ガーラは指先を、ようやくルインの下肢へとのばした。
「お前は俺が……性欲処理の為だけにお前を抱いていると思ってる……?」
 ガーラはルインの視線を受け止めながら、その手に彼の性器を納めた。意外とも思える問い掛けに、ルインは困惑した。答える間もなく、ガーラはそのままルインのものを扱き始めた。
「んっ……うん……」
 布で塞がれた口もとからくぐもった声が漏れた。
NEXT
Novels Index/home