ジュネ夫君の再出発・後
ジュネはコータに目配せをした。
「やるんだ、コータ君」
「エ!?」
急に振られてコータは困惑した。
「お、俺が!? 何を!?」
コータはたじろぎ、一歩二歩ジュネから後ずさった。
「君がここに挨拶に来ると言ったんじゃないか。
面倒なことになると思っていた。
だから君が始末をつけるべきだ」
そういうとジュネはコータの背中に回り、彼をガーラのほうへと押し出した。
「ちょ、ま、待てよ!」
たまらずコータは後ろを振り返りジュネの様子を伺った。
しかしジュネは冷たくコータを見据えるだけで何も言わなかった。
仕方がないのでガーラのほうに向き直ると、ガーラはにやにやと薄ら笑いを浮かべていた。
「クッソ!」
コータは苛立ち、やけになってガーラに掴みかかった。
ガーラは勢い任せのコータを横に軽くかわし、背後に回って首を腕で絞め上げた。コータはたまらずうめき声を上げて苦悶の表情を浮かべた。
コータは首の戒めを解こうと必死でガーラの腕を掴んで離させようとしたが、耳元に舌を這わされ思うように力が出なかった。
「うっ……くっ……!
やめ……!」
ガーラは身悶えするコータを無理矢理に寝台に押し付け、そのまま押し倒した。
彼の体に馬乗りになり、脇の棚から手枷を取り出し手際よくコータの腕に装着させた。
「な、なにするつもりだ!」
コータは仰天して心臓が止まりかけた。
手枷は寝台に括り付けられ、コータは抵抗することが出来なくなってしまった。
ガーラの手はコータの下穿きを脱がそうと腰のベルトにかかった。ガーラはわざとらしく舌なめずりをし、妖しく微笑んだ。
「久しぶりに活きのいい男だ……」
コータはぞっとして必死の形相でジュネのほうを見た。
「た、助けてくれよ! ジュネ!」
しかしジュネは既に出口の扉へと駆け出していた。
「お……おい!!」
コータは絶望感に打ちひしがれた。やけになってコータはガーラに訴えた。
「おい! ジュネが逃げたぞ!!」
しかしガーラは耳を貸さず、コータの首筋を舐め上げた。コータは全身が総毛立ってまった。
ここの家は兄も男色だというのかとコータは心の底から恐怖が沸きあがってくるのを抑えられなかった。
「嗚呼……か、勘弁してくれ……!」
コータはたまらず悲痛な声を出し、必死で身体をばたつかせてガーラに抵抗した。
しかしガーラは抵抗されると余計に興奮してしまうのが性分だった。
「いい声で鳴くじゃないか。
ジュネにもそうやって色目を使ったのか?」
コータは必死で首を横に振った。
「色目なんて使ってねえ!!」
しかしガーラは容赦なくコータの下肢に手を伸ばし、まさぐり始めた。
「なかなかいいモノを持ってるな」
耳元で囁かれてコータは気が遠くなっていった。
とんでもない兄弟に関わってしまったと、今更ながらにコータは後悔しはじめた。
コータが貞操を諦めかけたとき、逃げたと思っていたジュネがまた部屋に戻ってきた。部屋に来たのは一人ではなかった。
「兄さん、友達を呼んで歓迎パーティーをしてくれるんだろう?」
ジュネは晴れやかな笑顔でガーラに言った。
ジュネが連れてきたのは、この家のものではない青年だった。短く切られている髪の色は茶色で、灰色の目をしていた。
青年の姿を見て、ガーラは目を見開きコータの下着の中に手を突っ込んだまま固まってしまった。
「つ、つかさ……」
つかさという青年はガーラのかけがえのない友人だった。自分が苦境に立たされていたときに、支えてくれていた人物だった。
ガーラは彼の前でだけは心優しき聖職者を演じている節があった。
「ガーラ……お前……そういう趣味が……」
青年……つかさはぼそりと呟くように言った。僅かに頬を染めている。
ガーラははっとわれに帰り、慌てて身体を起こしてコータから手を離した。そして急いで笑顔を取り繕って言う。
「や、嫌だなァ、マッサージしてただけだよ……」
ガーラは寝台から降り立ち、つかさのほうに歩み寄っていった。しかしつかさは思わず後ずさってしまった。
「つかさ……!」
ガーラは悲痛な声を出した。
つかさは押し黙り、うつむいたまま逃げるように部屋を出て行ってしまった。
ガーラは力なく床にがくりと膝を着いて座り込んだ。
「……酷いことをしてくれるじゃないか」
ガーラは恨めしそうに呟いた。
「酷いのはオメーだ!」
コータが寝台の上から声を張り上げた。ジュネが彼に歩み寄り腕の戒めを解いてやり、コータの上体を抱きしめた。
「危なかったね」
背中をぽんぽんと叩かれ、まるで子供でもあやすかのような優しい声でジュネはコータを慰めた。
「ジュネ、お前今俺で遊んだだろう」
コータはジュネがこうなることを予測して自分をガーラにけしかけたんだと感じていた。
「そんなこと」
ジュネは思いっきり笑顔を見せ、コータに口付けをした。
大事な人に自分の醜態を見られ、気分が沈んだガーラはうつむいたまま動こうとしなかった。打ちひしがれた抑揚のない声で、吐き出すようにジュネに声をかけた。
「もうお前の事なんか知らない。
どこへでも好きに行ったらいい。
俺の前から消えてくれ」
拗ねた子供のような態度にコータはまたいらついた。文句を言おうとコータは息を吸い込んだが、ジュネが彼の腹をそっと手の甲で叩いて制した。
そしてジュネはコータの手を掴んで部屋の出口へと歩いていった。
「さようなら、兄さん」
ジュネは一度振り返り、うなだれている兄の姿を確認すると、くすりと微笑み部屋を出て行った。
他の兄弟へも別れを告げ、二人はザハンの屋敷を後にした。少し寂しげな表情を見せるジュネにコータはいたたまれなくなった。
「いいのか?
あんな別れ方で……」
そもそもコータにしてみれば別れの挨拶に行ったつもりではない。むしろ家族になるという事を知らせに行ったのだ。
「いいんだよ、あれで。
ああでもしないと離れられないから……」
ジュネは少し寂しそうにコータに微笑みかけた。
「いつまでも兄弟が一緒じゃおかしいだろう?」
一度はコータが言った言葉をジュネが再び口にした。コータはやるせない気持ちに陥り、足を止めた。
「本当は……寂しいんじゃないか?」
コータは心配そうにジュネに問いかけたが、ジュネは微笑みを浮かべて首を軽く横に振った。
「君といれば寂しくないよ」
ジュネの言葉にコータははっと息を飲んだ。太陽の光に照らされるジュネの姿が眩しく見える。
「そう……だな」
コータは目を細めて微笑んだ。
ジュネの肩をがっちりと掴んで、二人は並んで自分達の部屋へと戻っていった。
それから数日して、勤め先から給料を貰ったジュネはそのお金で失った装備品を買った。
仕事は長い休暇を貰い、新しい剣を携えて二人はこの街を出て行った。
数日の間落ち込み部屋に引きこもっていたガーラに、つかさが訪れ謝罪をしてきた。
「こないだは逃げ出して悪かった。
ただ驚いてしまっただけなんだ」
その言葉にガーラは救われ、急に元気を取り戻した。
しかし実はつかさも自分の仲間の男性に恋をしていて、なかなか想いを打ち明けられないという悩みをガーラは相談されるようになってしまった。
ガーラは親身になって相談に乗り親切を装いつつ、つかさの心を捕らえようと密かに企んだ。
ジュネがいなくなり、家の家事は引き続きセリオスがやらされていた。
部屋の掃除を怠るとローネに蹴り飛ばされ、料理がまずいとガーラにお前を食うぞと脅されていた。
しかしそんなセリオスを双子のライは良く励まし、家事を手伝ってあげたりもしていた。
飴と鞭の応酬にそのうち慣れてしまったのか彼は文句をいわなくなった。
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