ジュネ夫君の葛藤
早朝に事件は起こった。
いつものように長い金色の髪を持つ美貌の青年ジュネが、早起きして朝食の支度をしていた時である。
家の中に来客を告げる小さな鐘の音が響いた。
このところ朝早く来る人といえば、きまっていつのまにか兄の部屋に連れ込まれているサントアークの家出王子様を迎えに来る騎士の青年である。
ジュネは秘かに青年に想いを寄せているものの、その来訪を手放しで喜ぶわけにはいかなかった。
主人の身を心配しているのだろう、青年はいつも具合悪そうにやってくるのである。
兄に聞くところによるとなにか生まれつき病を抱えているようで、兄のせいで彼にかかっている負担はとても大きいのではないかとジュネは気に病んでいた。
ジュネは料理を中断し、玄関まで急いで赴き扉を開けるとやはりその青年が立っていた。
青年はジュネに深々と頭を下げて早朝の訪問を詫びた。
「すいません……いつもこんな朝早くに」
青年の顔色はやはりいつものように優れない。謝らなければいけないのはうちのほうだというのに、と、ジュネは心が締め付けられるような思いにかられた。
「マディオラさん……」
お身体大丈夫ですかと尋ねたかったものの、なんとなく失礼な言葉のような気がして彼は口をつぐんだ。
自分の体の事は自分がよくわかっているに決まっている。
騎士でありながら体が弱いというのは相当な苦痛だろう。彼のそこの領域に踏み込む勇気はジュネにはなかった。
とにかく一刻も早く彼の主人に引き合わせることが第一だった。
騎士の青年を家の中に導くと、ジュネは真っ先に兄の部屋の戸を叩いた。
「兄さん、マディオラさんが来たんだけど……」
中から返答はない。
ジュネはためらわずにその扉を勝手に開けて部屋に入った。
部屋の中の兄は……下着一枚で寝台の脇に立っていた。
ぎょっとしてジュネは兄を問い詰める。夜な夜な王子を部屋に連れ込んで何をしているのかというのは前々からの疑問であった。
もしかして何かいけないことをしているのではないかと。
そして悪い予感は的中してしまった。王子は寝台に括りつけられて無惨に兄に陵辱されていたのである。
ジュネは一瞬呆気にとられて何も言えなくなったが、事の状況を把握した時に体内の血液が沸騰してしまうのではないかという位の怒りが込み上げてきた。
あんたたちのせいで苦しんでいる人がいるんだという事を肝に叩き込んでやりたかったが、居間で待たせていた筈の青年が部屋にきてしまったのである。
ジュネは必死に機転をきかせて青年をその場から離れさせた。
自分がたった今垣間見た淫らな光景を青年に見せてしまったら、きっと大変な事になってしまうと悟って。
青年の出身地、サントアークでは同性愛は犯罪である。
その国の王子様が男性同士の不潔な性行為に及んでいるという事が真面目な青年に知れてしまったら……彼は腹でも切ってしまうのではないかという不安がジュネを襲ったのである。
そしてそこでジュネは重大な事に気づくのである。
自分は男である。そして男である青年に想いを寄せているということは……。
自分も彼にとって不潔なものではないか。
呆然とジュネは青年の顔を見つめた。
切れ長の瞳が伏し目がちに曇っている。眉は眉間に寄せられ、口もとは堅く一文字に閉ざされている。生真面目なしかめっ面にジュネはどうしようもなくときめいた。
それでもやっぱり好きなんだ……とジュネは小さくため息を漏らした。
家のものたちは部屋でなにやら騒いでいるものの、まだ朝食を食べにはやってこない。
二人きりと言う状況、ジュネはいけない恋にかえって胸を高鳴らせながら彼の分の朝食を差し出した。
「どうぞ!召し上がってください!」
しかし、マディオラと名乗る青年は料理ではなくジュネの手を掴んできた。願ってもない青年の行動にジュネは頬を染めずにはいられなかった。
「ジュネさん……俺には優しさが足りないんだろうか」
青年は苦悩の浮かぶ瞳でジュネを見つめた。握られた手の感触が熱い。
青年はゆっくりと言葉を続けた。
「王子はこの頃……俺を避けている……。
何故俺の寝ている隙にここに来てしまうのだろう。
俺がしっかり捕まえておけないせいで、あなたにも迷惑をかけっぱなしだ……」
彼の言葉は苦渋に満ちていた。悲しげな表情が胸に痛かった。
青年の、主を想い慕う気持ちが伝わってきて、やりきれない気持ちに捕らえられた。
まっすぐ自分を見ている視線の先に見ているものは、自分ではない……。
痛いほどにその気持ちが掴み取れた。
しかしジュネは背一杯に、青年に励ましの言葉をかけた。
「迷惑をかけているのは俺達の方です!
こっちこそ、ホントに!兄がご迷惑を……!!」
ジュネはぺこぺこと彼に頭を下げた。青年はうつむき、シュネの手をそっと離した。
「あなたは本当に謙虚な人だ……。
ついつい不要な事を話してしまう。
重ね重ね、申し訳ない……」
青年もまたジュネに頭を深々と下げた。
ジュネは、あくまでも礼儀正しい青年の態度が、何故だか悲しく思えてきた。
程なくして家のものが居間になだれこんできた。
少年二人+少女一人が珍しく大人しくばつが悪そうに入ってきた所を
察すると今の二人のやりとりをこっそり覗いていたのだろう。
続けてガーラと王子様が部屋に入ってきた。
全員、さしたる会話もなく、朝食はしんみりと終わってしまった。
やがて食事のひとときは終わり、青年と王子は家を去っていった。
気まずい朝を過ごした一同の間にもしらけた空気が漂っていた。
弟のご機嫌を損なったガーラは逃げるように家の外に出かけていったが、兄の王子に対する横暴な振る舞いもすっかり頭からどこかに消えてしまっていた。
もし自分の想いを青年に打ち明けてしまったら……きっと彼は困惑してしまうだろう。ましてややはり彼にとって犯罪に値する想いである。
彼に余計な負担をこれ以上かけるわけにはいかない。
ジュネは自分の想いを心の隅にしまい込むことを決意した。
そしてまた兄が横暴な行動に及ばないように、細心の注意を払うことを心に誓った。
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