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ジュネ夫君の暴走・中
 家に帰り、ジュネは気分を苛立たせているのか、いつもより投げやりに家事を済ませていった。
 しかし家族は火が通り過ぎている料理を出されても、その只ならぬ雰囲気に文句の一つもいえずに黙々と食べるしかなかった。後片付けは珍しく年少の兄弟3人がやると申し出て、ジュネはそれから風呂に入るとそのまま部屋に引き篭ってしまった。
 そのまま、夜も更け、眠りにつく時間が訪れる。
 そっとしておいてやろう……と、ガーラは黙って、自分の部屋に戻ろうとした。
 しかし不意に廊下に出てきたジュネに、声をかけられた。
「兄さん、話があるんだ」
 思い詰めたような、しかしこちらを睨んでいるような表情の弟の言葉に、ガーラの鼓動が少し跳ね上がる。
 怒っているんだな……と思い、ガーラは黙って頷いてジュネの部屋に誘われるまま入っていった。
 恨み言の一つや二つ、聞く覚悟は出来ていた。確実に恨まれるようなことをしたのである。
 ガーラはなんのけなしに、ジュネの寝台の上に腰をかけた。
「話って?」
 言われることを予測しつつ、ガーラは前に立ちはだかるジュネと視線を合わせた。
 しかしその形の良い上品な口元から放たれた言葉は、ガーラの予想を逸脱していた。
「兄さん、俺を抱いてくれないか」
 その言葉をどこかぼんやりと聞き流してしまったガーラは、はぁ? と、少し間の抜けた声を出してしまった。
 ジュネは兄の言葉を待たずに、着ている服をゆっくりと脱ぎはじめた。
 事態を把握したガーラは、慌てて立ち上がりジュネの腕を掴み、脱衣を止めさせた。
「よせ。自棄になるんじゃない」
 しかしジュネはきかずに、乱暴に兄を後ろの寝台に突き飛ばした。ガーラは背中を強く打ったようで、げほげほと咳き込んだ。
 間発を入れずに、ジュネは兄の腕を掴み無理矢理にうつぶせに抑え込むと、そのまま彼の背中にのしかかるようにしてまたがった。
 きりきりと、後ろ手に兄の腕を引き絞る。
「痛えよ!! なにするんだよ!!」
 たまらずガーラは怒鳴った。しかしジュネは、無言のままに、脱いだ服の袖口を兄の両腕に絡みつけて、きつく縛り上げた。
「お前、何を考えて……!!」
 ガーラは曲げられるだけ首をねじって、自らの肩越しにジュネの表情を伺った。
 ジュネはどこか虚ろで、それでいてやたらと迫力のある瞳でガーラを睨みつけていた。
 目が座ってしまっているというのだろうか。
 ガーラは背筋がぞっとして、身の危険を感じた。
 普段は人畜無害で従順な弟が、切れている……。
 恨み言を吐かれるということを通り越して、直接身体に『お仕置き』を施されるのではなかろうか。
 そう思っている瞬間にも、ジュネは強引に兄の腰から履き物を下着ごとずりおろした。
 尻が無防備に外気に晒される。
 ガーラはいよいよ危機を感じて、悲鳴に近い声をあげた。
「馬鹿な真似はよせ!!
 強姦っていうんだぞ! こういうのは!!」
 うろたえる兄のみっともない姿を見て、気分が良くなったのか、ジュネは口元に含み笑いを浮かべた。
「いつもこうして、犯ってるんだろ?
 好きなんじゃないの?こういうのが」
 普段の彼からは想像もつかないような悪辣な言葉が吐かれた。

 その時、不意に部屋の戸が軽くたたかれた。
「兄さん、大丈夫?」
 中からの返事を待たず、妹のローネが部屋の戸を開けてしまった。様子のおかしい次兄を心配して来たのだろう。
 しかし彼女の目に映ったものは、衝撃的な光景だった。
 次兄が長兄を組み敷いている。
 しかも、長兄は哀れにも尻が剥き出しになっている。
「ローネ!! 良いところに来た!!」
 助けてく……!!」
 ガーラはそう言い終わらない内に、口を手のひらで抑え込まれた。ジュネはローネをひと睨みした。
「子供は寝る時間だ」
 今まで見た事のない、凄味のきいた形相のジュネにローネともあろうものが萎縮してしまった。
 余りの恐さに、ローネはあわてて戸を叩きつけるようにして閉めた。
 そして、手のひらを合わせて短く「南無」と唱えると、急いで自分の部屋へと駆け戻った。

「よせ、やめてくれ! なんでこうなるんだ!!」
 ガーラはうろたえて、組み敷かれたまま必死でもがいて抗議した。
 しかし、弟はまったく兄の上から退く気配がない。
「むしゃくしゃしてるんだよ……。
 そういう時はこうするのが一番なんじゃないの?」
 耳元で囁き、くすくすとあざけり笑う。
 お前がいつもやっている事だ。そう言いたげな眼差しで。
 ジュネは容赦なく、何の前触れもなく兄の尻のやんごとなき穴に指を差し入れた。
「うあっ……!!」
 余りの痛さに、ガーラは声にならない悲鳴のような、詰まった息を喉元から吐き出した。
「痛えよ!! いきなり指を突っ込むな!!」
 たまらず抗議する。しかしジュネは鼻先で笑うだけだった。
「ああ、ゴメーン。
 よくわかんなくてさ、こういうこと」
 なに食わぬ微笑みをたたえたまま、無理に指を動かすと、粘膜が傷ついたのか血が滲みはじめた。
「くっ……うっ……」
 ガーラは枕に顔を埋め、必死で苦痛の呻きをおさえた。
 ジュネは兄の血で濡れた指を引き抜き、それをぺろりと舌でなめとった。
「こんなに、弱いとは思ってなかったよ。
 父上に犯られてた割には随分繊細なんだね」
 そのジュネの言葉に、ガーラは戦慄せずにはいられなかった。

 ジュネとガーラは父親の違う兄弟である。ガーラの父は魔術師ザハンで、ジュネの父はルイムの最期の国王ラージャである。
 国王がザハンの子を身篭った、ローラという謎の高司祭を妻に迎えてしまったことから、その時のローラの胎内にいたガーラはルイムの王子として生まれてしまった。
 当時ザハンとラージャの間には、確執があった。当てつけとして、子供のガーラは国王に虐待されてしまったのである。
 しかしそれは、内密に行われたことだった。
 ガーラとしても、国王、つまり弟たちの実の父の、嫌な一面は見せたくはなかった。

 今のジュネの一言で、ガーラの精神状態に更なるゆらぎが生じはじめた。
「何故、知って……」
 うつぶせのまま、くぐもった声を出す。ジュネは兄の髪に手を通し、やさしく撫でながら言った。
「いつも満月の時だった。
 蒼い顔をして、兄さんが父上の部屋に連れ込まれるのは……
 最近になってわかったよ。
 兄さんは俺の父上に抱かれていたんだって」
 いいながら、ジュネは兄の肩をつかみ、仰向けに向き直させた。ガーラの瞳は、虚ろに空を見ていた。
「言うな……」
 聞こえるか聞こえないか、幽かに唇を動かして、ガーラは息を吐いた。
 ジュネは予想が的中した事を察し、目を細めて兄の姿を見下ろした。
「父上は」
「あいつのことはそれ以上言うな……!!」
 言いかけた言葉を突如として強く遮られ、ジュネの瞳に動揺の色が走った。
 ガーラは表情を歪めながら、無理矢理に腕の戒めを引きちぎった。自由になった腕で、ジュネの両肩をつかんでもつれながら寝台に叩きつける。
 ジュネに組み敷かれていたガーラは、たちまち逆に弟を組み敷くかたちになった。
「お前はさっきから何が言いたいんだ。
 俺がまともでいられる内に、答えろ」
 強く言われて、ジュネは一瞬萎縮したように身をすくめたが、すぐにまた兄を睨み返した。
「まともでいられるうちだって?
 笑わせるなよ、兄さんはいつだってまともじゃないじゃないか」
「なんだと、お前……!!」
 二人とも、いつのまにか喧嘩腰になっていった。
 ジュネの八つ当たりとも取れる行動は、尾ひれがついて、直接関係のない兄弟の問題までほじくりだしてきてしまった。
 ガーラに首元を押さえ込まれて、ジュネは更に反発心を煽られたのか、半泣きに陥りながら兄への文句をまくしたてはじめた。
「兄さんはいつだって、フラフラで足元もおぼつかないで。
 余裕のない痩せた微笑みを浮かべて、俺はこの世で一番不幸ですっていう顔をしている。
 あんな、世間知らずのボンクラ馬鹿王子様の哀れみを買って、いいご身分だね。
 俺じゃなくて、あいつに面倒みてもらえよ。
 あいつに……」
 いいながら、ジュネは本格的に泣き始めてしまった。
 ガーラは泣きじゃくる弟に驚いて、散々罵られたことの怒りもどこかへ消し飛んでしまった。
「そんなに……そんなに好きだったのか?
 あいつのことが……」
 途方に暮れている兄の言葉に、ジュネは小さくこくりと頷いた。ガーラは思い詰めたように、眉間に深くしわを刻んだ。
「……駄目なんだな、俺は。
 お前を幸せにしてやることが出来ない……」
 ガーラは目を細めて、泣いている弟の髪を優しく撫でた。自分の目からも、滴がこぼれて頬を伝う。
「ジュネ……」
 呟くと、ガーラは寝台から降りて、物入れの引き出しから何かを取り出した。
 そして再び寝台に腰をかけて、ジュネの手にその何かを握らせた。ジュネははっとなって、手の中のものに視線を向けた。
 それは短刀だった。銀色に揺らめき、鋭い刃をぎらぎら映している。
 何事かと兄の顔を伺ってみると、彼は不思議と安らかな表情をしていた。
 ガーラはゆっくりと、言葉を紡いだ。
「親の仇をとることが出来れば、少しは気が晴れるだろう?」
 ジュネはその時の兄の微笑みに、不吉な影を見た。
 ぞくりとして息を飲む。
「俺の胸を刺せ。俺はお前の親をそうやって殺した。
 許してくれとは言わない」
 ジュネは兄の言葉が言い終わらない内に、短刀を放り投げていた。
 そして、力一杯兄の頬をひっぱたいた。
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