ジュネ夫君の暴走・後
押し潰されてしまうのではないかと言うほどの、重苦しい空気が部屋の中を支配した。
殴られてなお、ガーラは笑っていた。
「よく殴られる日だ、今日は」
肩を震わせて、押し殺したような息で、くくくと笑っていた。その声は不気味に、ジュネの耳に響いた。
兄は自分の想像を遥かに越えた、闇を抱え込んでいることに気が付く。
ジュネは震えが止まらなくなってしまった。何か言おうとしても、声が思うように出せない。
「震えているね……ジュネ。
悪かったよ、俺が悪かった」
気味がわるいほど、落ち着いた声でガーラはジュネの頭を撫でた。
いつのまにか、いつもの、兄がそこにいた。余裕のない、痩せた微笑みをたたえている。
見せてしまった深い暗闇に、慌てて蓋をしてしまい込むように。
「抱いて欲しいと言ったね。
俺に、甘えたかったんだ……?」
優しすぎる声に、寒気を覚えながらも、ジュネは素直に頷いた。
何も言うことができなかった。これ以上喋らない方が、いいと思った。
ガーラは部屋の明かりを消して、衣服をすべて脱ぎ捨てた。一糸まとわぬ肢体が、月明かりに青白く照らされる。
「お前が望むなら、なんだってくれてやるよ。
始めからこうしていればよかったんだ。
取り乱して、すまなかったよ」
いいながら、ジュネの頬に優しく口づける。
ガーラの使っている香水の、柔らかく透き通る香りがジュネの鼻をかすめた。肌と肌が触れ合って、生々しく暖かい感触が伝わってくる。
ジュネは、後悔していた。なんでこんなことを、望んでしまったのかと。
取り返しのつかないことをしてしまった。きっともう、戻れない。
なんの隔たりもない、仲の良い普通の兄弟には……。
ジュネは寝台の敷布を、強く握り締めていた。ガーラは纏われたままの下着越しから、ジュネの胸の突起を指先で弄んでいる。
ジュネの唇から悩ましげな熱い吐息が溢れてしまう。
頬は暗闇の中でもわかるほど紅く染まり、伏せられた瞳の長いまつげは滴をはらんでしっとりと濡れている。
「よさそうだね、ジュネ」
耳元で囁かれて、羞恥に身を焦がしそうである。
甘い疼きに苛まれて、その存在を主張している下肢の高まりに、ガーラはするりと腕を伸ばし指を絡めた。
ゆっくりと、慈しむように優しく手のひらと指で揉みしごくと、ジュネは身体を震わせて切ないような喘ぎとともに白濁を滴らせた。
ジュネの達する時ののけぞる姿は、神のみぞが閲覧することが許されるような、禁忌とも言える壮絶な光景だった。
「にいさ……ん……」
ジュネは苦しそうな、しかし艶のある声を吐き出す。
ガーラは白濁で濡れた指を、ジュネの双丘の奥へと滑らせた。ジュネはごくり、と、音が聞こえるほど強く息を飲んだ。
しかしガーラは指をそこから手を離し、ジュネの太股の内側を撫であげて、足を開かせて顔を下肢に埋めた。いまだ熱をはらむ肉茎が、口内に含まれる。
「……いやだ……っ!!」
あまりの恥ずかしさにジュネは気が遠くなりそうだった。腕を伸ばし、兄の髪を掴む。
しかしガーラは抵抗するジュネに構わずに、わざとなのか卑猥な粘着音を立ててジュネのものに奉仕した。
「あああっ……」
ジュネは思わず腰を浮かせて、兄の喉の奥を突いてしまった。
「かはっ……」
ガーラは反射的に顔を上げてしまった。両者とも息は荒く、肩が上下に揺れている。
しかし、熱にうなされ紅くなっているジュネとは対象的に、ガーラの顔色は蒼白だった。
「ああ……悪い、ジュネ。
まだ足りないだろう?」
青白い顔で、ガーラはまたジュネのそそり立つ雄に手を伸ばす。荒い息をしているのに、落ち着いた声だった。
再び下がった兄の頭を、ジュネはあわてて掴んで制した。
「もういい、もういいよ兄さん」
今にも泣きそうな顔で、ジュネはガーラに訴えた。ガーラは相変わらず青い顔で、上目づかいにジュネをみる。
「……良くないのか?」
いわれてジュネはあわてて首を横に降った。
「違う、違うんだ、兄さん。
もう俺はいいから、俺に……」
「俺に?」
促されて、ジュネは身を焼かれそうな思いで声を出す。
「つ……突っ込んでいいよ……」
言いながら、恥ずかしさの余りジュネは顔を両手で覆ってしまった。
ガーラは驚いたように一瞬目を見開いたが、すぐにその目は細められた。くすくすと、笑い声がこぼれる。
しかし、やはり顔色は冴えない。
「突っ込みたいのはヤマヤマなんだがな。
さてどうしたものか……」
ガーラは軽くため息をついた。
はっとなって、ジュネは思わず兄の下半身へと視線を向けた。ガーラの雄は、頭髪と同じ色をした銀の茂みの中に、静かに行儀よく収まっていた。
ジュネは、きょとんと兄と目を合わせた。
ガーラは少しはにかんだ、気まずい表情をしていた。
「妙な気分だぜ……。
女を抱いてるような感じだよ」
その呟きを聞いて、ジュネはかっと血の気が頭にのぼってしまった。
「俺は女じゃない!!!!」
みるみるうちに、ジュネはまたきつい形相になる。彼は類稀にみる美貌を持ちながら、女に間違えられることを最も嫌がっているのだ。
兄が女を相手にたたない男であるということは、微塵も問題にはしていない。
「しまっ……!!」
こんな時に最も言ってはいけないことを言ってしまったと、ガーラはあわてて口をつぐんだが、時すでに遅く、逆上したジュネに張り倒されてしまった。
「こんな時に、言ってくれるじゃないか、兄さん。
わからない人には直接躯に教えるしかないな」
迫力のある声で言うと、ジュネは兄のももを掴んで強引に脚を開かせた。抱えるようにして持ち上げると、ガーラの秘部が露になった。
「うわあっ!! よせ!!
俺が悪かっ………………
!!!!!!!」
必死の制止も聞かずに、ジュネは兄を無理矢理貫いた。
あまりの痛さに、ガーラは息がつまって声も出なかった。
なんの準備もされずに異物を挿入された括約筋は悲鳴をあげている。少しでも動かされると、体中に電流が走り回るような痛みが駆け巡る。
「ぎゃ〜〜〜〜〜ッ!!!!!!」
顔に似合わず、ガーラは獣のような叫び声をあげてしまった。
「だめな人だね。
もう少し色気のある声の一つも出せないの?」
悪魔の化身がそこにいる。ガーラの目にはジュネがそのように映った。
「急に突っ込まれたら痛ェにきまってんだろう!!??
早く抜け!! 抜いてくれー!!」
ガーラは涙混じりの声で懇願したが、ジュネは兄の頭を押さえ込み、さらに深々とその牙を突き立てた。
「ぎゃああ……ッ!!!」
「それが人に物を頼む態度?」
苦痛に泣き叫ぶ兄を前にして、ジュネは涼しい顔で言った。ガーラは震えて、ぼろぼろと涙をこぼしながら言う。
「……お……お願いします……っ……
ゆ……許してください……」
息絶え絶えのガーラを眺めて、ジュネの口もとに微笑みが宿る。
「いい顔になってきたね、兄さん。
抜いてあげるよ、少しだけ」
ジュネはゆっくりと腰を引いた。しかしすぐにまた、奥まで突く。ガーラはまた、悲鳴をあげてしまった。
ジュネは寝台脇の引き出しから、薄く黄色がかった液体の入ったビンを取り出した。
肌の手入れなどに使っている、オリーブ油である。それをガーラの手に、掴ませる。
「自分で塗りなよ」
短く言うジュネの口元にはどこかいやらしい笑みが篭っている。
痛みに息を荒くしながら、震える手でガーラはびんの蓋を開けた。
「退けよ、自分で慣らすから……」
「嫌だね。俺は兄さんと繋がっていたい……」
耳元で囁き、舌を這わせる。
ガーラは切れるととことんまで性の悪い弟の暴挙にめまいを起こしそうだった。
びんの中の油を、ジュネの下腹部めがけて投げつけるように放つ。繋がっている自らの下肢にもぬるりとした油が滴り落ちた。手指に纏わせて、自らその結合部をなぞり入り口をゆっくりとほぐしてゆく。
にわかにジュネは甘い吐息を漏らした。
「ああ……兄さんの中がひくひく蠢いてる。
もっと欲しがってるんだね」
ためらいもせずに、ジュネは貫いたままの兄の肛門を更に押し開いて、指を深々と挿入した。
「……ッ……!!!」
たまらずに、ガーラはのけ反った。両手がジュネの腹を引っ掻くが、油で滑ってちょうど自らの股間に収まった。
痛みに耐えられず、救いを求めるように、自ら萎えているそれを奮い立たせようと両手でしごきはじめた。
「あっ……あ……ああっ……」
無我夢中で声も抑えずに、一心不乱に手を動かした。
ジュネは兄の自慰に触発されるように、腰を激しく動かしはじめた。油が滑って、先ほどまでの強烈な摩擦感はない。
ガーラの躯を痛みではないものが駆け巡って、狂おしく身をよじる。
「ああ……兄さん……
溺れそうだよ……
駄目だね……」
切ない声で囁くジュネの瞳には、涙が滲んでいた。
「……ごめんね……」
白みはじめる意識の中で、うわごとのように呟く。
快楽の渦に飲み込まれて、二人はそのまま折り重なって達した。
意識を失ったジュネの体をきれいに布で拭って、汚れていない綺麗な毛布をかけてやる。
汗と油と精液に塗れた寝台の敷布と、脱ぎ捨てた服を持って、ガーラはジュネの部屋を出た。体中、特に腰の回りが痛む。
ふらふらとひきずるようにして、風呂場をめざし廊下を歩く。
「おや?」
不意に、声をかけられた。風呂場から、ザハンが出てきたのだ。
幼な顔の、年齢不詳の父親はほかほかと湯気を立てていた。
「こんな時間に……風呂かい? ……とうさん……」
掠れた声。おぼつかない足元。虚ろな瞳。
汚れた裸体。
「ガーラ君……!?」
ただならない状態の息子を見て、ザハンは表情を変えて慌ててガーラに駆け寄った。
気がついたのは、早朝だった。
部屋に残っている兄の香りで、ジュネは瞬時に昨晩の自分の狂態を思い出す。
ちらちらと、何か眩しいものが目につく。床に落ちていた銀の短刀が、朝の光を反射して煌いているのだ。
ジュネはごくりと、息を飲んだ。
そのへんで売っている珍しくもない普通の短刀で、自分がいつも懐に忍ばせているものだ。
兄は父を刺したといった。
ジュネは小首を傾げる。本当のことが、わからないのだ。
そして、調べようともしなかった。
何故だか、わからないことがたくさんありすぎる。
父の遺体を確認した訳ではない。本当に、死んでしまったのだろうか。
何故母は、忽然と姿を消してしまったのか……。
「何をしていたんだ……俺は……」
額をおさえてうつむくと、長い金の髪がはらりと肩から揺れ落ちる。
艶やかで美しいその髪も、ジュネにとっては、いちいち切るのが面倒で、ずるずる伸びただけの髪だ。
一束手にとり、おもむろに短刀をあてて、引く。ざくりという繊維が切れる感触が伝わって、髪がそがれてゆく。
ジュネは秘かに決意した。
荒れた故郷の地に、もう一度踏み込もうと。
一人、自分の足で歩かねばならない。自分の意志で。
いつものように朝食を作り、洗濯ものを干し終えると、ジュネは装備を整えた格好で黙って家を出たきり、帰ってこなくなった。
主のいなくなった部屋の机の上に、小さな紙に書き置きが残されていた。
[墓参りに行ってきます]
床に、切られた髪が散らばっている。
窓から差し込む光を集めて、きらきらと反射していた。
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