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ジュネ夫君のお勤め
 寝台に横になりながら考え事をしていたジュネは、いつの間にか眠ってしまっていた。
 目を覚ましたとき既に日は真上に昇っていた。慌てて飛び起き、顔を洗おうと勝手に洗面所に入り込んだ。
 洗面所の脇には風呂場があり、洗われていない衣服が散乱していた。
「……………………」
 ジュネはいてもたっても居られなくなり、勝手にコータのものと思われる衣服を洗濯し始めた。手際よく干していくと、次は部屋の汚さが気になり始め、勝手に掃除を始めた。
 コータが仕事から戻ってきたとき、部屋は見違えるほど奇麗になっていた。

「おかえりコータ君」
 ジュネはコータを笑顔で迎えた。部屋は窓から差し込む夕日に照らされて淡い緋色に包まれていた。
「オメー、勝手に人の部屋…!」
 コータは自分の部屋の変わり様に呆気にとられて立ちすくんだ。
「ああ、掃除させてもらったよ。
 掃除と洗濯は得意なんだ。
 あ、洗濯物乾いたかな」
 呆然としているコータを気にせずに、ジュネは窓の外に干してあった洗濯物を取り込み始めた。
「勝手にしやがれ!」
 コータは昼間の仕事の汗を流しに風呂場へと行った。
 彼は昼間は街の工事をし、夜は酒場で働いている。
 軽くお湯を浴びた後、外に出てみるとそこには洗いたての下着が用意されていた。
「チッ…!」
 コータは軽く舌打ちした。理由は自分でも良く分からないが、親切にされていささか気味が悪いと感じていた。
 手早く着替えを終え、身支度を整えているコータにジュネは話しかけた。
「これから酒場の仕事かい?」
「ああ、そうだよ!」
 つっけんどんにコータは返答した。
「じゃあ俺も行かなきゃな。世話になるよ」
「勝手にしやがれ!」
 いちいちコータはジュネに苛立った態度を取った。ジュネはその理由を自分なりに理解していた。
 自分はただの酔っ払い客だったのである。疎まれて当然だ。
 ジュネは気分が沈み、ややうつむき加減になってコータに言った。
「やっぱり俺、鎧を…」
「行くぞ!」
 コータは強引にジュネの腕を掴み、部屋の外へと連れ出した。

 酒場の店主に事情を話すと、店主は快くジュネを雇ってくれた。しかし、寮の部屋が空いておらず、コータと同居することとなった。
 慣れない初めての仕事に最初は苦労したが、数日も仕事をこなせば次第に慣れていった。
 ジュネの美貌と気立てのよさが評判になり、店は徐々に客足を伸ばしていった。
 ジュネは夜しか働かなかったが、昼間も外で働くコータのために家事を賄い、彼のために弁当を作った。
 最初ジュネを邪魔に扱ったコータは次第に彼に心を許していった。
 ジュネにとってコータはかつて会ったことのない性格の人間だった。ぶっきらぼうで言葉は悪いが、根は優しく男らしくたくましい。
 そんなコータと接するうちにジュネの心は不思議と癒されていった。


 同居を始めて数日が経ち、ある日のこと。
 いつものように昼間の仕事に行ったコータはいつもより早い時間に帰ってきた。
 足元に重い資材を落として怪我をしてしまったらしく、杖を突きよろよろしながら部屋に入ってきた。怪我をした部分は一応応急処置がされており、添え木に包帯が巻かれていた。
「コータ君!」
 ジュネは慌ててコータに駆け寄った。コータは苦痛に顔を歪めながらも、はにかんだ微笑を見せた。
「クッソー、この俺がドジやるなんてよ」
「コータ君、君は働きすぎなんだよ」
 ジュネはコータの肩を担ぎ、椅子に座らせた。そして怪我をした箇所をじろじろと眺めた。
「折れてるな…これ」
 ジュネは怪我をしている脛を包帯の上からつんつんと叩いた。コータは悲鳴をあげた。
「な、なにしやがるんだコノ…!!」
「慈悲深き月の神よ…」
 ジュネは神聖なる言葉を紡ぎ出した。淡い光が両手を包み、コータの包帯の中へと光は消えてゆく。
 コータは驚き、息を飲んだ。激痛に襲われていた足が瞬時に癒されてゆく。
「もう大丈夫だ、動かしてごらん」
 ジュネの言葉のままに、コータは恐る恐る立ち上がってみた。
 足は何事も無かったように治っていた。
「あ、ありがとう…。
 お前、神官だったのか…。
 こりゃ治療費が高くつくな」
 骨折を癒すほどの高度の治療を受けるには普通、多額の寄付が必要なのである。ジュネは意地悪くクスリと含み笑いを漏らした。
「身体で払ってもらうよ」
 ジュネはコータの顎に手を沿え、顔を近づけた。
「!?」
 コータは顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。ジュネは声を出して笑った。
「可愛いなぁ」
「な、なんだとコノヤロー!」
 生まれてこの方可愛いなんて言われた事の無かったコータはますます混乱した。
 しどろもどろになりながらもコータは夜の仕事の身支度を始めようとした。
 しかし急に何か思い出したように、コータは手を止めた。
「お前、ひょっとしてホモなのか?」
 急に単刀直入に言われて、ジュネはどきりとした。あまり自覚したことは無かったが、男を好きになったことがあるのは確かだ。
 しかも兄と関係に及んだこともある。
「そうだよ」
 ジュネは自嘲気味に微笑んだ。
「興味あるのかい? ホモに」
「あ、あるわけねえだろ!!」
 嫌がるコータにジュネは無理矢理身体を寄せてみた。
 てっきりまたムキになって怒るだろう、そういう反応を期待していたのだが、コータは黙ってうつむいてしまった。
「畜生、俺…」
「コータ君?」
 ジュネはコータの顔を覗き込んだ。コータの頬は紅潮しており、汗がにじんでいた。
「こんな気持ちは初めてだ…。
 俺はどうかしちまったのかも知れねえ」
 掃き捨てるように言うと、コータはジュネの身体を抱きしめた。
「お前のことが…す、好きになっちまったみてえだ」
 コータの言葉にジュネは全身が熱くなるのを感じた。力強く抱きしめてくる腕が頼もしく心地よい。
 ジュネもまたコータの背中に腕を回した。
「コータ君…俺も君が好きだ…」
 先日失恋したばかりのジュネは、もう違う男に惚れていた。しかしコータは身を寄せてきたジュネを離した。
「だけどお前は旅に出るんだろう」
「コータ君…」
 ジュネの心に迷いが生じ、コータの腕を掴み握り締めた。
「今は…君と一緒にいたい…」
 急ぐ旅ではない。ジュネは自分にそう言い聞かせ再びコータの胸に顔を埋めた。
 コータは黙ってその身体を抱きしめた。ジュネには支えてくれるその腕がとても心強かった。

 ここ数日抱いていた心の曇りが晴れたコータは、以前にも増して明るく元気になった。
 二人ともお互いがはじめての「彼氏」なので、瑞々しく新鮮な気持ちで毎日が過ぎて行った。
 何気ない市民の生活に紛れて、ジュネは兄弟に対する急に居なくなったことの後ろめたさを次第に感じなくなっていった。
 しかし平穏は長くは続かなかった。
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