欲望
レドリクスは表情らしい表情を浮かべずに、黙ってルインフィートとリーディガルに近づいてきた。
リーディガルは縛られて動けない兄を庇うように立ち上がり、レドリクスを睨みつけた。
「僕を騙したな!」
「騙してなどいませんよ」
レドリクスは凍るような微笑を見せた。
「兄に会いたいと仰られるから、会わせて差し上げたのではないですか」
「一体なんなんだよ、わけがわからない」
ルインフィートは何故自分がこのような目に遭っているのか全く理解が出来なかった。
「確かに僕はにいさまに会いたいと言った。けど、こんな風に無理矢理連れて来いとは言ってない」
リーディガルは語気を強めて、更に言葉を続けた。
「僕達を、どうにかするつもりなんだろう、レドリクス。
思えばお前は不吉な言葉ばかり僕に吹き込んで。
何か企んでいるのだろうとは思っていた」
「ああ、どうにかしたいと思っている」
不敵な微笑を浮かべると、レドリクスはリーディガルを強い力で引き寄せ、抱きしめた。
「レド……ッ」
何か言いかけたリーディガルに無理矢理口付けをして、言葉を封じた。
「リーディガル様……私はあなたが欲しくて堪らないんだ」
息を荒げて、レドリクスは壁にリーディガルを押し付けた。
「何をする! 離せっ……!」
リーディガルは抵抗してみせるが、恐怖に震えて腰から力が抜け、床にしゃがみこんでしまった。
レドリクスは容赦なくリーディガルの上に跨り、胸元を掴んで衣服を力任せに引き裂いた。嫌がるリーディガルの首筋に顔を寄せ、囁く。
「おとなしく私のいう事を聞いたら、にいさまの縄をといてやろう」
レドリクスのその言葉にリーディガルは固唾を呑んだ。そして観念したように、身体から力を抜いて目を閉じた。
「リー、奴の話を信用するな! 僕を置いて逃げろ!」
ルインフィートは声を張り上げた。レドリクスは立ち上がり、動けないルインフィートの身体を強く蹴飛ばした。
何度も蹴り上げられてルインフィートは苦痛の声をあげ、ごほごほと咳き込んだ。
「にいさま!」
リーディガルは立ち上がり、兄に暴行をするレドリクスの前に割って入った。
「やめろ! やめてくれ! にいさまをこれ以上傷つけるな!
僕が狙いなのか? にいさまを人質に取ったのか!?」
リーディガルはレドリクスの両肩を掴み、真正面から見つめて叫んだ。その大きな瞳には涙が滲み、悲しみと驚愕に揺れている。
レドリクスは不敵に微笑んで、リーディガルの涙をそっと拭った。
「いや、君のにいさまはあるお方に引き渡すことになっている。
その前に、私の愛するリーディガル様のために、最後のお別れをさせてあげたいと思ったのです」
「そ、そんな……」
冷たいレドリクスの言葉に、リーディガルは顔を覆って泣き崩れた。レドリクスは優しくリーディガルを抱き締め、耳元にそっと囁いた。
「先ほど申し上げたように、私のいう事を聞くならにいさまを助けてやってもいい」
レドリクスはくすくすと笑い出した。その瞳はいやらしい欲望に駆られたぎらついた光を見せている。
「お前の要求を聞こう。だからにいさまを助けてくれ……」
悲痛な声でリーディガルは返答した。
「本当に言う事を聞いてくださいますか?」
レドリクスの言葉にリーディガルは黙ってうなずいた。
「駄目だ、リー! 逃げろって!!」
ルインフィートは必死の形相で首を横に振る。レドリクスは容赦なくルインフィートの頭を踏みつけて地面にたたきつけた。
「ぐはっ……!」
「やめろ!」
リーディガルは涙を流してレドリクスにすがりついた。レドリクスは微笑を浮かべたまま、おもむろに下穿きの留め具を緩め、自らの男根を取り出した。
「リーディガル様、あなたの口で私を悦ばせて下さい」
突然目の前に現れた男性器にルインフィートは思わず目を背けた。リーディガルは青ざめて震えている。
普段は教壇に立ち、理路整然と生徒に知識を与えている男の豹変振りにただ驚愕する。
「できないのならば」
レドリクスは再びルインフィートの顔を踏みつけた。リーディガルは力なくぺたりとしゃがみこみ、恐る恐るレドリクスの男性器に手を伸ばした。
「やめろリーディガル! 君がそんなことするなら僕が死んだ方がマシだ!!」
ルインフィートは悲痛な声を張り上げた。先ほどから何度も縄抜けしようと試みているが、相当にきつく縛られていて全く身体が動かせない。
動けば動くほど縄が身体に食い込んで、全身に激痛が走って苦悶の声が漏れてしまう。
「にいさま……」
リーディガルは涙を流し、レドリクスのものを口に含んだ。レドリクスは満足そうに微笑むとリーディガルの頭を掴んで無理矢理動かした。
「んんッ……んうッ……」
なす術もなく口を犯されるリーディガルを見せつけられて、ルインフィートは気が遠くなりそうになった。
「嫌だ……嘘だろ……」
ルインフィートは心の奥底からふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
リーディガルのまだ幼さの残る可愛らしい顔にレドリクスの白濁した精液が無残にかけられる。
レドリクスは狂気と欲望に歪んだ笑顔で、呆然として動けずにいるリーディガルに皮製の首輪を巻きつけた。首輪についている鎖を引っ張るとリーディガルは苦しそうに唸った。
「四つん這いになって、私の靴を舐めてください」
命ぜられるまま、リーディガルは犬のように四つん這いになり、レドリクスの土と埃にまみれた革靴をぺろりと舐めた。
「ああ……本当にいとおしい。私の可愛い子犬よ」
レドリクスは首輪の鎖を引き上げ、顔をつかんで頭を撫でた。
「ほら、ご褒美だよ」
レドリクスの男性器が再び突きつけられた。リーディガルは嫌悪感に思わず顔を背けた。
途端にレドリクスはリーディガルを蹴飛ばして、倒れ込んだその身体にぴしゃりと鞭を打った。
「あうッ」
リーディガルは痛みに思わず声を上げた。
「可愛らしいお声だ。もっと鳴くがいい」
容赦なくレドリクスは次々にリーディガルに鞭を打った。
「痛い! やめて! ああっ……!」
リーディガルは鞭から逃れようとして床を這い回った。しかし鎖で繋がれているので、レドリクスから離れることが出来ない。
あまりの屈辱的な光景に、ルインフィートは自分の中で何かがはじけるのを自覚した。
こきり、という関節のこすれる音がしてレドリクスははっとルインフィートのほうを見た。
ルインフィートは既に足元にはおらず、自ら戒めから抜け出してレドリクスの背後に立っていた。
「よくも……よくも僕の弟を!!」
ルインフィートは力任せに、むき出しのレドリクスの睾丸を蹴り上げた。
レドリクスは声にならない声を張り上げ、もんどりうって地面にのた打ち回った。
「……殺してやる!」
ルインフィートは部屋に散乱していた鉄の棒を一つ掴み、大きく振り上げた。激しい憎悪に身を任せ、力いっぱい頭をめがけて振り下ろした。
骨と鉄がぶつかる硬質な音が部屋に響いた。人間の頭蓋は固く、鉄の棒の方がぐにゃりと曲がった。レドリクスはルインフィートの一撃を受けて脳震盪を起こし、白目をむいて気を失った。
まだ息があることを確認すると、ルインフィートはもう一度大きく振りかぶった。何のためらいもなく何度も殴りつけ、レドリクスの頭蓋が割れて脳髄が床にばら撒かれた。
殺しても殺し足りないという勢いでルインフィートは動かぬ骸となったレドリクスを憎憎しく蹴り飛ばした。
そしてルインフィートはリーディガルのほうを振り返った。リーディガルは汚された顔のまま、部屋の隅で青ざめて震えていた。
「もう大丈夫だよ」
ルインフィートはリーディガルに着けられていた首輪を外し、上着の懐に携えてあった手拭の布で、リーディガルの顔を綺麗に拭った。そして痛々しくみみず腫れになってしまった胸元が無残にはだけているのを見かねて、自分の上着を羽織らせた。
リーディガルは何も言わず、ルインフィートから顔を逸らして震えていた。
「リー……?」
不審に思ってルインフィートはリーディガルの顔を覗き込んだ。リーディガルは小刻みに震えながら、ようやくルインフィートと視線を合わす。
ルインフィートは弟を安心させるように微笑みかけた。リーディガルもようやく安心したのか、僅かに表情を和らげた。
リーディガルはルインフィートの胸に顔を預けて、搾り出すように声を出した。
「ぼ、僕は……臆病で、弱い男です……」
「リーディガル、君は強いよ。屈辱に耐えて、僕のことを助けてくれた。
ありがとう」
ルインフィートは弟の身体を強く抱き締めた。しかし、リーディガルは首を横に振る。
「僕はにいさまのように、武器を持って戦えない。
血を見るのが、怖い。
人が死ぬのは、怖いよ……」
弟の言葉に、ルインフィートは愕然となった。
リーディガルは我を忘れて人を撲殺する兄の姿に恐怖した事だろう。
ルインフィートは振り返り、レドリクスのほうを見ると、目を背けたくなるような凄惨な光景が広がっていた。
「ごめん、怖かっただろう、リー。
乱暴な僕を許してくれ。許せなかったんだ……本当に」
ルインフィートは奥歯を強く噛み締めた。憎しみと怒りに身を任せて人を殺してしまったことを後悔した。
先ほどのレドリクスの言葉を思い出す。リーディガルは欲望の餌食になっただけで、本当に狙われているのは自分なのだ。
ルインフィートはリーディガルに向き直り、精一杯笑顔を作って語りかけた。
「リーディガル、僕の為に犠牲にならないでくれ。
僕の身に何かあっても、君は逃げて生き延びてくれ。
今のサントアークには君の優しさが必要なんだ」
リーディガルは何かを覚悟したような兄の言葉に不吉な影を見た。自分もいつまでもめそめそしていられないと立ち上がり、兄の手をぎゅっと握り締めた。
「にいさま、急いでここから出ましょう。
民家を探して助けを求めるのです」
リーディガルの言葉にルインフィートは黙ってうなずいた。
ルインフィートは部屋の中のものを物色し、武器になりそうなものを携えてリーディガルと共に部屋の外へと出て行った。
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