遺恨
けたたましい鐘の音で、二人は目が覚めた。地下にいる為外の様子が全く伺えないので気がつかなかったが、どうやら朝が訪れたらしい。
看守が他の監房の鍵を開け、廊下に囚人達を並ばせて点呼を取っている声が聞こえる。囚人達はやがて看守によってどこかへ連れて行かれ、再び地下牢は静寂に包まれた。
その後数分もしないうちに昨日の兵士がルインフィート達の前に現れ、鉄格子の鍵を外した。
兵士はやや眠そうな顔を浮かべつつ、ルインフィート達を忌々しいものでも見るかのように睨みつけた。
「レドリクス様がご遺体で発見された。お前達はこれから取調べを受ける。まぁお前達がやったという事は明白だがな」
「僕が殺した。だから僕達を王都の罪人収容所に引き渡すといい」
ルインフィートは立ち上がり、兵士の視線をまっすぐに受け止め、物怖じせずに静かに言った。
しかし別の、他の兵士よりも身なりと体格の良い兵長風の男が現れ、鉄格子の前で威圧するように腕を組んだ。
「急所を狙った上に撲殺か。恐ろしい子供だな。
さすがはサントアークの王子だ」
その言葉に兵士は顔色を変えた。
「本当にこいつら王子なのですか?」
兵士の問いかけに、兵長風の男は黙ってうなづいた。
「間違いないだろう。特に金髪の方、エルザールにそっくりだ。
それに次男は黒髪だと聞いた」
兵長風の男はリーディガルをじろりと眺めた。リーディガルは威圧感に身を竦め、兄の腕にしがみついた。
ルインフィートは怯えるリーディガルを庇うように前に一歩進み出て、兵長風の男に鋭い視線を送った。
「父様のことを知っているのか」
「知ってるとも」
兵長風の男はルインフィートを鋭く睨みつけながら、にやりと笑った。
「昨夜、ここに来る途中の墓場で、死体の山を見なかったか?
あれは……お前の父親がやったんだぞ。
犠牲者のあまりの多さに埋葬が間に合わず、仕方がなく野焼きにした」
男の言葉にルインフィートは固唾を呑んだ。しかし容赦なく、男は二人に忌まわしい言葉を投げかけた。
「この地域は激戦区だった。我々は死力を尽くして抵抗したが、恐ろしい魔獣を従えた魔王にはかなわなかった」
「誰が魔王だって!?」
思いがけない侮辱の言葉に、ルインフィートは憤り手錠のはめられた両手で兵長風の男に掴みかかった。兵長風の男はにやりと含み笑いを漏らした。
「あのときはまだ『魔王子』というべきか……。
奴が従えていた男は魔獣そのものだ。お前もよく知っているはずだ。
今も魔王の側で爪を研ぎ、牙を磨いて鋭い眼を光らせてサントアークを見張っているだろう?」
「将軍のことを言っているのか!? ダルは魔獣なんかじゃない!」
ルインフィートは叫んだ。自分の最も尊敬している人物のことを悪く言われて、湧き上がる怒りを抑えることが出来なかった。
兵長風の男はルインフィートの服の胸倉を掴んで睨みつけた。
「お前は見た事が無いだろう。あの男達の戦う姿を」
「くっ……!」
喉元を締め付けられ、ルインフィートは苦しそうに呻いた。兵長風の男は憎々しげにルインフィートを睨みつける。
「歴史は繰り返される。お前達はかつて自らが倒したものと同等になりつつあるのだ。民は恐怖に支配されている……。
王子を攫うとは、レドリクスはなんという愚かな行いをしたのだろう。
このことが表沙汰になれば我々は反逆の烙印を押され、この土地は再び血に染まるだろう」
「そ……んなこと」
ルインフィートは苦しみに顔を歪めながら、首を横に振った。しかし兵長風の男はそんなルインを嘲笑し、放り投げるように突き放した。
ルインフィートは床に倒れこんだ。両手を戒められている為、肩を床に強く打ちつけてしまい苦痛の呻き声を上げた。
「にいさま!」
リーディガルが駆け寄り、何か言いたげに上を向いたとき、にわかに辺りに騒々しい足音が響いた。
「兵長、大変です! 王都ソルティアから特別機密捜査官がやって来ました!」
助けが来たと、二人の王子は笑顔でお互いの手を握り締めた。
「クソ!」
兵長は舌打ちをして、他の兵士に向かって怒鳴りつけた。
「エルザールに今回の件が知れたらこの町はおしまいだ。こいつらを地下水路に連れて行け!」
「ははっ!」
倒れていたルインフィートは兵長に乱暴に腕を掴まれて、無理に立たされた。リーディガルも別の兵士に腕を引っ張られていた。
「嫌だ! 城に帰してくれ!」
リーディガルは必死で抵抗し、抗議の声を上げる。瞬間、兵士の手がリーディガルの頬を力いっぱい張っていた。リーディガルは悲痛な声をあげ、床に倒れこんだ。
「リー!」
ルインフィートは彼に駆け寄ろうとしたが、兵長に取り押さえられて動くことが出来なかった。怒りがこみ上げ、本能の赴くままにルインフィートは自分を戒める兵長の腕に強く噛み付いた。
兵長は苦痛の声をあげて咄嗟に自分の腕を庇った。その間にルインフィートは腕から抜け出し、リーディガルの元に駆け寄った。リーディガルは震えながらルインフィートの腕にしがみついた。
「乱暴なことはやめてくれないか。なんで帰してくれないんだ。
君達が僕を攫ったわけじゃない。君達も父様に襲われる理由などない」
ルインフィートは強い瞳で、まっすぐに兵長を見つめながら言った。しかし兵長は呆れたような笑顔を見せて、その脇に携えてあった長剣を抜いた。
「先ほども言っただろう。君の父様は魔王なのだよ。話が通じる相手ではない。
領主の反逆は領民の反逆と同じだ。
町のものは皆殺しになる……やっと、復興の目処が立ったというのに」
兵長の剣先はルインフィートの首筋に向けられた。ルインフィートはごくりと息を飲み、兵長の顔を睨みつけた。
「君達にはこの土地から消えてもらう。初めからここには来なかったことにすればよい」
兵長と兵士は武器を突きつけられて動けない二人を更に縄で縛り上げ、声も出せないように猿轡を噛ませた。そして二人を地下牢のさらに奥深くの地下水路へと担いで運んだ。
地下水路は広大で流れが早く、ちょっとした川のようになっていた。一層ひんやりとした空気が二人の肌に触れた。
「運がよければ助かるだろう」
兵長は二人の手錠の鍵を外し、しかし身体は縄で拘束したまま、水路の上に用意した小船に横たわらせた。
「お互いな」
二人を乗せた小船は岸から放たれ、なす術もなく流されていった。
お互い身体を拘束され、口も封じられているので会話も出来ず、ただ水の流れる音だけを聞いた。
ルインフィートは縄から抜けてみようと試みようとしたが、船は小さく、あまり動くと転覆してしまう恐れがあった。
リーディガルの顔は青ざめて、何もかも諦めたような生気のない瞳で虚空を見ていた。
ルインフィートは噛まされている猿轡を更にぎりりと噛んだ。
――絶対生き残ってやる。リーディガルを助けてやる。
ルインフィートは心に強く誓い、じっと舟の行く先に身を任せた。
レドリクスには誘拐容疑がかけられ、王都の特別機密捜査官により屋敷への立ち入り捜査が行われた。
当の容疑者は何者かに殺害され、何も知らないと主張する町の警備団の主張を、捜査官は跳ね除けた。
レドリクスの書斎奥の地下室からリーディガルの着衣の一部と見られるものが発見されたからだ。
また法で規制されている書物や猥褻図画・性具などの所持により罪状が重くなり、領民もろとも町全体として何らかの制裁を受けることが必至となった。
更に、虚偽の報告を行った警備団は重い罪に課せられ、彼らは凶悪犯収容所へと送られることとなった。
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