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隔離
 ルインフィートが使者に連れられて学園を出て行った翌朝、ハルマースの元に父親ダルマースが天馬を飛ばして訪れた。
 まだ朝日も昇らぬうちの突然の父親の訪問にハルマースは驚き戸惑った。
「ち、父上、急にどうされたのですか?」
 ハルマースは眠い目をこすりながら、急いで服を着替えた。
「王子はどこだ? いないのか!?」
 珍しく酷く慌てた様子の父親を見て、ハルマースは胸騒ぎがした。
「王城に戻られたのではないですか?
 国王がご病気だと知らせを受けて……」
「エルザールが病気だと!? ありえん!」
 声を荒げる父親にハルマースはびくりと身を強張らせた。彼は父親が感情をむき出しにして怒鳴るところなど今まで見た事がなかった。
「……父上、もしかして……王子はお戻りになっていないのですか?」
 恐る恐るハルマースは父親に尋ねた。ダルマースは苦虫を噛み潰したような表情で、黙って頷いた。
「リーディガル様が行方不明になられた。もしやと思って来てみたが……」
 父親の言葉を聞いてハルマースは途方にくれた。あの使者が偽者だという事を見抜けなかった自分に失望した。
「ハルマース、来い」
 ダルマースは途方にくれるハルマースの腕を掴み、強引に寮の外へと連れ出した。そして外に待たせている天馬に跨り、ハルマースも後ろに乗るようにと引っ張り寄せた。
 しかしハルマースはしり込みして、なかなか乗ろうとしなかった。
「何をしている、ハルマース」
 ダルマースは急かすように手で合図した。しかしハルマースは青ざめ、今にも倒れそうな表情を浮かべていた。
「て、天馬は苦手で……」
 ダルマースはにやりと不敵に笑うと、嫌がる息子を無理矢理天馬の背に乗せ、有無を言わさず走らせた。明るみ始めた空に羽ばたきの音とハルマースの悲鳴がこだました。

 天馬の速駆けのおかげで、一刻もしないうちにゼノウス親子は自らの邸宅へと戻ることが出来た。
 空は雲が厚く垂れ込み、今にも雨が降りだしそうだった。
 ハルマースは冷や汗を浮かべ、おぼつかない足取りで父の後を追った。玄関を通り抜け、廊下を歩いて大広間にたどり着く。
「王子が連れ去られたのは自分にも責任があります。
 捜索隊を出すなら私も加えてください」
「駄目だ」
 即答だった。ハルマースはがっかりして肩を下げた。
「私がまだ半人前だからですか?」
 願うような眼差しでハルマースは父の様子を伺った。ダルマースは首を縦にも横にも振らずに、ハルマースの腕を掴んだ。
「来い」
 ダルマースは息子の手を引いて、広間を出て更に歩いた。ハルマースは戸惑いながらも黙ってついていくしかなかった。
 ダルマースは自室に息子を連れ込み、本棚を横にずらして更に奥の秘密の部屋へと誘い込んだ。
 部屋の中央には魔法陣が張られ、そこかしこに武具が立てかけられている。
 ハルマースは目を見張った。こんな部屋の存在など、全く知らなかったからだ。
「ち、父上、なんですかこれは」
 ハルマースは床の魔法陣を指差して父親に問いかけた。
「気にするな」
 ダルマースはそ知らぬ顔をして、壁に掛けられていた刀を一振り掴むと、黙ってハルマースに手渡した。
 自らも武器を手に取り、部屋の隅の床板を外すと、地下へと続く階段が現れた。ダルマースは戸惑う息子の気持ちに構わずに、下へ下へと連れて行った。
 ダルマースは明かりの魔法を唱え、二人の周りを照らし出した。地下室は広く、更に奥へと続く通路があった。
「父上、ここは」
 息子の問いかけを半ば無視するように、ダルマースは懐から小さな小瓶を出し、中の水をハルマースの周りに振りかけた。
「ハルマース、王子と同様、お前も狙われている。
 これから地上では日食が起こるだろう。数分の間、サントアークが闇に包まれる。
 お前は決して外に出てはならない。死の賢者に命を奪われる」
「え……」
 ハルマースは父の突然の言葉をうまく呑み込めなかった。ダルマースは黙々と、ハルマースの周りでなにやら作業をしていた。
 短く呪文を唱え、印を切った。するとまばゆい光の壁が現れ、ハルマースの周りを取り囲んだ。
「お前の周りに結界を張った。何があろうとここから出るなよ」
「父上! 一体どういうことなんですか!?」
 わけもわからず光の壁に閉じ込められて、ハルマースは父親に向かって叫んだ。
 しかしダルマースは息子の話を聞かずに、自分の言いたいことだけを言った。
「この結界が破られる様なことがあったら、その刀で戦え。
 胸が苦しくなっても、気をしっかり保て。
 いいか、何があろうと生き残るんだ」
 ダルマースは身を翻し、通路の奥へと駆け出した。
「父上!?」
 ハルマースは後を追おうと足を踏み出した。しかし彼を取り囲む光の壁は彼の身体を通さず、強固なガラスの壁のように移動を阻んだ。
 みるみるうちにダルマースの姿が見えなくなり、ハルマースは光の中に一人置き去りになった。
 ハルマースは暫く呆然としていたが、何か考えがあってのことと割り切り、観念してその場に座り込んでじっと父の帰りを待つことにした。
 一人静寂な地下に取り残されて、様々な思いが脳裏をよぎって消えていった。何事もなく時間だけが過ぎて行き、早朝に起こされたためかやがて眠気が訪れて、彼はそのままその場で眠ってしまった。

 数刻後、妙な気配を感じてハルマースは目を覚ました。同時に、彼は心臓が縮みあがるような恐怖に襲われた。
 いつのまにかハルマースの周りをぐるりとおぞましい亡霊のようなもの達が取り囲んでいた。ぼろぼろの黒装束を纏い、足はなく、その手には首狩りの鎌が握られている。
 装束の中の顔はごつごつとた頭蓋で、目の空洞の部分が邪悪に赤くぎらついてハルマースを威嚇していた。
 ハルマースが戸惑い、すくみあがっていると、その正体不明の存在は鎌を大きく振り上げ、襲い掛かってきた。
 ハルマースは咄嗟に刀を抜き身構えたが、亡霊の一撃は光の壁に弾かれてハルマースには届かなかった。しかしハルマースが気を休める暇もなく、亡霊は次々と襲い掛かってくる。
 光の壁は徐々にその輝きを失い、ハルマースは身の危険をいよいよ感じ始め始めた。そして大勢の亡霊にたかられてはひとたまりも無いと思った彼は、刀を鞘にしまって呪文を唱え始めた。
 亡霊の強烈な一撃を受けて光の結界が弾けとんだ。その瞬間呪文が完成し、ハルマースの周囲に魔法の火柱が上がった。亡霊たちが炎に焼かれ、おぞましい声ならぬ悲鳴のような音があたりに響く中、ハルマースは刀を抜いて亡霊たちに切りかかった。
 魔法の力が付加されている刀なのだろう。刀が振り下ろされるたびに虹色の光の軌跡が現れた。
 亡霊たちは身体を引き裂かれ、やがて弾けて消えていった。
 ハルマースは安堵のため息を漏らし、刀を鞘に収めた。しかし今度は急に、胸の奥が締め付けられるような苦しみに見舞われた。
 焼け付くような苦痛に息がつまり気が遠くなる。しかしハルマースは父に言われたとおり、くずおれながらも必死で意識を保ち続けた。
 そうしてしばらく絶え続けていると、徐々に痛みが和らぎ、やがて完全に普通の状態に戻っていった。ハルマースは壁にもたれて座りながら、深呼吸をして息を整えた。
 そのままハルマースはぐったりと座り込んでいると、通路の奥から人影が見え始めた。
 ダルマースが戻ってきたのだ。その腕には、ダルマースの上着をかぶせられているルインフィートが抱えられていた。
「父上……!」
 ハルマースは立ち上がり、父親に駆け寄った。そしてダルマースの左頬から瞼にかけて、鋭い獣の爪で引っかかれたような傷が走っているのに気づき、はっと息を飲む。
「私は大丈夫だ。それよりも王子が危ない。急げ!」
 ハルマースは父の緊迫した口調にはっとして、ダルマースの腕の中のルインフィートを見た。ルインフィートは生気の無い青白い顔でぐったりとしておりぴくりとも動かない。そして掛けられている上着にはところどころ血が滲んでいた。
「王子の身に何が……!」
 ハルマースは心に強い衝撃を受けて言葉を喉に詰まらせた。昨日までは元気だったルインフィートが、一日もたたぬうちにこのような無残な姿になるとは予想もつかなかった。
「王子の容態は一刻を争う。急げ!」
 ダルマースは打ちひしがれる息子にむけて、強い口調で怒鳴るように言った。
 彼らは急ぎ足で地下から出て、馬車を手配して大急ぎで王城の医療病棟へとルインフィートを連れて行った。
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