反抗
サントアークは思想の統制がはかられ、民は更に厳しい法に縛られることとなった。叛意を持つものは疑わしきだけで罰せられ、有無を言わさず投獄された。
ドラグーン王立学園からも多数の教員が捕らえられ、今まで以上に軍隊が入り込みかつての自由を失い、学生達は国家の陰に怯えながら過ごしていた。
「潰されなかっただけありがたいと思え。
裏切りは許さない。絶対にな」
エルザールはそう言って学園内にも目を光らせるようになった。
ルインフィートは学園に行くことが出来なくなり、王城の外に全く出してもらえなくなった。
リーディガルはエルザールの法と力による統治を支持し、ルインフィートと衝突するようになった。
そんなある日のことである。
まだ朝もやも消えぬ早朝に、騒動は起こった。リーディガルの部屋に捜査官が押し入り、彼に手錠をかけた。
突然のことにうろたえる暇もなく呆然とするリーディガルに、捜査官は冷たく告げた。
「あなたにはレドリクスと共謀しルインフィート様を危険に陥れた容疑がかけられている。
ご同行を願います。」
「な、なんだって……」
リーディガルは眩暈を起こしかけた。
「僕がそんなことをするわけがないじゃないか!」
リーディガルは必死に抵抗し、捜査官の手から逃れようとしたが、身体を無理矢理押さえ込まれて更に厳しい拘束を施された。
「話は後で聞きましょう」
身体を縛られたリーディガルはなす術もなく、王城の地下の暗い凶悪犯用の独房へと入れられた。
「どうして僕が……」
絶望の渕に立たされ、リーディガルはすすり泣いた。
「リー」
暗闇の中で不意にかけられた声に、リーディガルははっとなって回りを見渡した。鉄格子の向こうにルインフィートが立っていた。
「にいさま! 助けてください! 僕は無実です!」
リーディガルは泣きながら鉄格子に掴みかかり、ルインフィートに必死に訴えた。しかしルインフィートは酷く冷たい瞳を弟に向けた。
「君はレドリクスと仲が良かったそうじゃないか。僕の前で茶番を演じて楽しかったかい?」
「そんな……! 僕はそんな……!」
リーディガルは声を上げて泣き出した。しかしルインフィートは容赦なく、弟に冷たい言葉を投げかけた。
「残念だよ、リーディガル。君もこの国の法に罰せられるんだ」
ルインフィートはつまらなそうにリーディガルを見据えると、振り返ってその場から立ち去った。
その後数時間もの間、リーディガルはその場に放置された。話は誰にも聞いてもらえず、暗い独房の中で途方に暮れた。
「にいさま……にいさま助けて……」
リーディガルはうわごとのように繰り返した。
暫くして、再びルインフィートが鉄格子の前に現れた。リーディガルは泣き疲れて立ち上がれずに、牢獄の隅でうずくまって震えていた。
「こうやって、大勢の人が投獄された。話も聞いてもらえず、誰も助けに来てはくれない。
君はそれが正しい力だと思うのか?」
先ほどよりも温かみのある声でルインフィートは弟に言った。リーディガルはぐずぐずと鼻水を啜りながら、首を横に振った。
「力に屈される民の痛みがわかったかい? リー」
兄の問いかけにリーディガルは何度もうなづいた。
「ぼ、僕は……道を誤りかけていました……」
「ヨシ」
ルインフィートは鉄格子の扉を開けて、リーディガルを開放した。震える弟の身体を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「ごめんね、リー。僕は君に父さまのようになって欲しくなかったんだ」
「にいさま、ごめんなさい、ごめんなさい……」
リーディガルは泣きじゃくりながら兄に謝った。ルインフィートはリーディガルを優しく支えながら地下牢を後にした。
数日後、サントアークで国王エルザールの生誕祭が行われた。様々な催しと、騎士の叙勲も行われた。
王立学園で見習いとして修練を積んでいた貴族の者達が何名か叙勲された。その中にはハルマースの姿もあった。
正式に騎士となったハルマースを、ルインフィートは歓迎した。叙勲式を終えて王子に会いにきたハルマースを、ルインフィートは力強く抱きしめた。
「おめでとう、ハルマース。これで君は堂々とゼノウス将軍家を継げるというわけだ」
王子の抱擁をハルマースは晴れ晴れとした笑顔で受け止めた。
「今後もあなたの側に仕えさせてください。
このハルマース、尽力致します」
ハルマースの生真面目な言葉にルインフィートは苦笑した。
「さて……と」
ルインフィートは唐突に、剣を手にとって背中に担いだ。何かを覚悟したような表情がハルマースの目に不吉に映った。
「ルインフィート様?」
ハルマースはルインフィートの顔を覗き込んだ。
「ハルマース、今までありがとう。
僕はこれから魔王を倒しに行く」
「えっ」
ハルマースが問いかける暇もなく、ルインフィートは走り出していた。
「ルインフィート様!」
咄嗟にハルマースはルインフィートを追った。ルインフィートは王城の前の広場で演説をしている父親の前に立っていた。
ルインフィートは剣を引き抜き、エルザールに向けた。
エルザールは演説を途中で止め、ルインフィートの姿を黙って見つめた。
「民に圧制を強いて支配を続ける魔王よ、僕と戦え」
ルインフィートは声を高らかに張り上げた。集まっていた民衆がざわざわと騒ぐ。
エルザールは不敵に笑うと、剣を手にとってルインフィートの前に立った。
「これは面白い余興だな、ルイン」
「僕は本気だ」
ルインフィートは父親を睨みつけた。エルザールの表情がにわかに曇る。
「お前はわしが民に圧制を強いていると?」
ルインフィートは力強く頷いた。エルザールはため息をつき、険しい表情をルインフィートに向けた。
「構えろ、ルイン」
ルインフィートは言われるまま、黙って剣を持ち構えた。
民衆は静まり返り、一瞬静寂が訪れた。鳥の飛び立つ羽ばたきの音を合図に、二人は剣を振り上げた。
勝負は一瞬にしてあっけなくついた。
エルザールの一撃でルインフィートの剣が折れ、はじかれてしまったのだ。
ルインフィートは呆然と膝を着いた。その首に父親のかざす剣が突きつけられる。
「ルイン……」
エルザールは目を細めた。
「わしはお前の為に、良い世を残そうと……」
エルザールは剣を鞘に戻した。呆然と父親を見上げるルインフィートの頬に手を触れ、額にそっと口付けした。
「もっと強くなってからわしに挑むんだな」
エルザールは立ち上がり、ルインフィートに背を向けた。ゆっくりと足音を立てながら、エルザールは王城へと戻っていった。
騒然となった群集の中で、呆然としたまま動けないルインフィートに、ハルマースが駆け寄った。
「王子、なんてことを……」
ハルマースの問いかけに、動かなかったルインフィートはようやく反応を示した。
「勝てるとは思っていなかった。だけど……
あんなに強いとは思わなかった」
ルインフィートは一撃を受けて今だ痺れている手を握り締めた。
「まるで敵わない……なんて」
ルインフィートは酷くうなだれて、ハルマースに支えられながら王城へ戻っていった。
ルインフィートはハルマースと別れ、自室へ戻ろうとした。部屋の前にリーディガルが顔色を悪くして立っていた。
「にいさま……な、なんてことを」
先ほどの親子の衝突を見ていたリーディガルは、酷く怯えたような様子で兄の身を心配した。
「父さまに剣を向けるなんて。たとえ実の息子でもどのような報復を受けるか」
リーディガルの言葉に、ルインフィートは俯いた。しかし直ぐに顔を上げて、笑顔を作ってみせる。
「大丈夫だよ、リー。父さまがその気なら僕はここには戻って来れなかったはずだ」
「にいさま……」
リーディガルの瞳は不安に揺れていた。ルインフィートは弟の身体をぎゅっと抱きしめた。
「まだまだ困らせてやる」
「えっ」
兄の言葉に驚いてリーディガルは顔を見上げた。ルインフィートは不敵な微笑を浮かべていた。
リーディガルはルインフィートが反省するどころか、またなにか企んでいるという事を察して呆れたため息を漏らした。
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