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泥酔
 夜、エルザールの聖誕祭の宴が開かれた。その席に王子の姿はない。エルザールはいつも以上に酒をあおり、気がふれたかと思うほどに周りに朗らかに触れ回った。
 昼間の騒動を誰もが知っており、そんなエルザールを誰もとめる事が出来ない。余計な世話を焼いて万が一機嫌を損ねたりしたら自らの命が危うくなるからである。
 エルザールはそのうち酔いつぶれて、護衛官に支えられながら自室へと戻されていった。
 参加していたダルマースはやれやれと苦笑いしながら、彼も自らの邸宅へと戻っていった。

 夜が更けて、王都には激しい雨が降り出した。稲光が空を彩り、嵐の夜を照らし出した。
 寝室で休養を取っていたダルマースに、邸宅の使用人が慌てた様子で来客の知らせを告げた。
「こんな夜更けに、誰だ?」
 すでにまどろんでいたダルマースは重い腰を上げて、だるそうに歩きながら広間へと行った。
 広間の長テーブルの中央付近の椅子に、雨に濡れてだらくされになっている男が座っていた。黒い外套をすっぽりと被り、ダルマースはそれが誰なのか一瞬分からなかった。
 金色の長い髪が外套の中から垂れ落ちている。がっしりとしたその体格はこの屋敷にたびたび訪れる王子のものではない。
「エルザールか……!?」
 ダルマースは慌てて着替えを用意させた。思わぬ人物の突然の来訪に、流石のダルマースもうろたえずにはいられなかった。
 エルザールはうなだれたまま動かなかった。飲みすぎた酒の臭いが未だに体に残り、部屋に酒気が漂った。
「息子の反抗がそんなにこたえたか?」
 ダルマースはエルザールの身体を布で拭きながら言った。エルザールは何も答えず、更に頭を下げてうなだれた。
「いくらあなたでも風邪を引くぞ。着替えろ」
 ダルマースは動こうとしないエルザールの着ている濡れた衣服を、力ずくで引き剥がそうとした。エルザールもようやく動く気になったのか、大人しく着替えに従った。
 普段重厚な衣服を身に纏っている為、滅多に人に見せることがないエルザールの素肌が外気に晒された。その肉体は引き締まり、幾多の戦を乗り越えてきた傷跡が生々しくも勇ましく残っていた。
 ひどく落ち込んだ表情のエルザールを、ダルマースは珍しそうに眺めた。風格をつけるために生やされた髭が、今はやけに幼く見えた。
 若くして子供をもうけたエルザールは、齢四十にも達しない若い国王なのだ。
「気にするな、王子はそういう年頃なのだ。元気な証拠だ」
 ダルマースはエルザールの肩をぽんぽんと叩いた。エルザールはようやく顔をあげ、そのまま伸びるように天井を仰ぎ見た。
「ルインとは……交流が足りなかったようだな」
 エルザールは淡々と閉じ込めていた想いを語り始めた。
「サントアークの歴史は戦いの歴史だ。わしがルインと同じ年頃のときは、毎日のように戦に明け暮れて……。
 わしは戦うことしか知らぬ。息子とどう接すればよいのかわからぬ。
 せめて整然とした良い国を残そうと努めたのだが……結果が、魔王か」
 エルザールは自嘲した。ダルマースもエルザールの言葉に苦笑いした。
「魔王か、それもよかろう。俺のような者が仕えるのには穏やかな優しい国王より魔王の方が相応しい」
 エルザールは悪びれもせずにぬけぬけと言うダルマースを睨みつけた。
「お前はわしが魔王と呼ばれて心が痛まんのか」
「そう呼ぶのは反抗勢力の一部だけだ。そのなかに王子もいるようだがな。
 ルインフィート様は世間知らずだ。少し現実を見ただけで全部を見た気でいる」
「お前は、わしよりもルインのことを良く分かっているな」
 エルザールは俯いて、ため息を漏らした。ダルマースは更に苦笑する。
「どういうわけか王子は俺に懐いているからな。彼のことは何でも知っている。
 彼が今、何かを企んでいるという事も……」
 ダルマースのその言葉にエルザールははっとなり、彼を睨みつけた。
「言え、ダルマース。ルインが何を考えているのかを」
 ダルマースは腕を組んで黙り、エルザールの問いかけにすぐには答えようとしなかった。外は一層雨脚が激しくなり、稲光と轟音が轟いた。
「言え!」
 強い口調でエルザールはダルマースに言いつけた。ダルマースはわざとらしくもったいぶるような口調で、エルザールの耳元でそっと囁いた。
「王子は城を抜け出そうとしている」
 その言葉を聞いて、エルザールは少しの間沈黙した。そしてダルマースを見つめ、当たり前のことのように言いつける。
「もちろんそれは阻止してくれるのだろうな?」
 ダルマースは不敵に笑って見せた。つきあいの長いエルザールはその顔が、何か悪いことを企んでいる表情だということを知っていた。
「可愛い子には旅をさせろというだろう」
「何を言うか!」
 エルザールはダルマースの胸元を掴んだ。しかしダルマースは悪びれもせずに、言葉を続けた。
「ルイムが滅び、東の自由都市に人が流れていっているのを知っているだろう。
 しかも、強力な魔避けの護符を持ったものが地下迷宮を創り立てこもっているという」
 ダルマースはエルザールの手を強引に離し、部屋の棚から地図を出して机の上に広げて見せた。
 そしてルイムの更に東の地、ワートという場所を指し示した。
 ワートには国王は存在せず、市民の投票によって選ばれたものが交代で指導者となり、治世を行っている新しい都市国家だった。
 その地は未開の土地が多く、古代の遺跡の発掘が盛んに行われていた。
 冒険者が自然と多く集まり、近年目を見張るほどの力をつけてきている。
「ルイムが挟まっているおかげで影響は少ないが、いずれこの国はサントアークにとって脅威になるだろう」
 ダルマースの言葉にエルザールはごくりと喉を鳴らした。ダルマースは更に言い聞かせるように、エルザールの耳に言葉を吹き込んだ。
「欲しくはないか? この場所の情報と、その強力な魔除けが」
 エルザールは腕を組んで少しの間考えた。しかし直ぐに、ダルマースを睨みつけて叱咤する。
「貴様何を考えているのだ! ワートを探りたいのならば偵察を放てばよいではないか。
 ルインを危険な目に遭わせる訳には行かない。例え本人が望んだとしても」
「ここにいるほうが、王子にとっては危険なのだ」
 ダルマースは首を横に振り、エルザールをまっすぐに見つめて力強く言った。
「なに?」
 エルザールは目を見開いた。ダルマースは一旦自分の部屋に戻り、いくつかの封書を携えて広間のエルザールの元に戻った。
 ダルマースはエルザールの前に、封書の中の便箋を広げて見せた。便箋を見てエルザールは眉間に皺を寄せた。
「何もかかれてはいないではないか」
「慌てずに」
 ダルマースは便箋に手をかざし、短く呪文を唱えた。すると便箋が淡く光り出し、紙から滲み出るようにして文字が浮かび上がった。
 エルザールは目を見張った。そこに書かれていた文は王子の誘拐を指示する文と、邪教の言葉と印だった。
「これはあの教師の部屋から出てきた押収品だ。他の関係者からもいろいろと押収してある。
 死の賢者とその手先がルインフィート様を狙っている。この国の中にひっそりと紛れてな」
 ダルマースの言葉にエルザールは息をのみこんだ。ダルマースは更に言葉を続けた。
 邪教の魔王復活の儀式は半分以上成立してしまっていた。
 完全な復活には失敗したが、魔王は容れものとなる器と、贄であるルインフィートの魂があれば降臨できてしまう状態だという。
「何故お前はそんなに詳しいのだ」
 エルザールがダルマースを不審に思い疑わしい声をかける。
「サントアークを護る為にいろいろと危険を冒し、情報を仕入れたのだ」
 微笑みながらダルマースは言った。エルザールはダルマースの言葉を信じることにした。
 いつの間にか雨は止み、雲の切れ間からは大きな満月が顔を覗かせていた。
「ルインフィート様は自らの運命と戦わなくてはならない。
 そのためにはもっと……強くならなくては」
 ダルマースは立ち上がり、窓の外の月を眺めながら言った。
「ルイン……」
 エルザールは拳を固く握り締め、奥歯を強く噛み締めた。その後ダルマースと暫く会話を交わした後、彼は抜け道を使い、自室へと戻っていった。
 翌朝エルザールの侍女が、王がダルマースの衣服を身に纏って寝ていたことに気がついた。エルザールは侍女に夜な夜な城を抜け出して彼に会いに行ったことを勘ぐられ、その関係を軽く疑われてしまった。
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