願望
騎士叙勲を受けた後も、ハルマースは学園にその身を置いていた。彼は学園をきちんと卒業することを望んだのだ。
ルインフィートは王城で暮らすことを強要されたため、ハルマースとはずっと会えない状態が続いていた。
ハルマースは学業の忙しさに追われて時間の経つのを忘れていたが、ルインフィートにとって友のいない王城暮らしは息苦しくて退屈そのものだった。
ルインフィートは何度か脱走を試みたが、ことごとく騎士に見つかり捕らえられて連れ戻されていた。
毎日ろくに勉強もせず、騎士の詰め所に通っては剣を振り回す日々が続いていた。
いつしかルインフィートのことを良く思わない者達が、彼のことを影で軽蔑視するようになっていた。
不幸な事件があってから、彼は少しおかしくなってしまったのではないかと言う同情の声も中にはあった。
父王への反抗以来、素行の悪さが目立つようになったルインフィートを悪く言う物も多くなり、宮廷内には頭脳明晰で大人に従順なリーディガルのことを支持するものが増えだした。
リーディガルは兄王子に真面目になるようにと毎日口うるさく迫った。しかしルインフィートは弟の言葉に全く耳を貸さずに、思うままわがままに周りに振舞っていた。
そんな回りの目を全く気にすることなく、ルインフィートは新しい遊び場を見つけていた。彼はとうとう女官達の居住棟に入り浸るようになったのだ。
さすがにこの事態にリーディガルは心底腹を立てた。サントアークの恋愛観は決して開放的なものではない。
皆真面目に国の為に勤めているというのに、上に立つものが女性と遊んでいるようでは回りのものに示しがつかない。
そう思ったリーディガルは真剣に兄に忠告しようと、夜二人で話し合おうと勝手に一人で決めて兄の部屋を訪れた。
不用意にも兄の部屋の扉は鍵が閉められておらず、リーディガルは勝手に中へと入って行った。
部屋に入ってすぐには、ルインフィートの姿を確認できなかった。すでに寝室で休んでいるのかと思い、リーディガルは更に奥へと足を進めた。
寝室の薄い仕切りの前に行くと、リーディガルは兄の声を耳にした。
それはすすり泣く様な、か細くてかすれた声だった。
「ハルマース、会いたい、会いたいよ……」
リーディガルは驚き、はっと息を飲んで一歩後ずさった。強くかかとを踏み込んでしまい、足音が部屋に響いた。
「誰かそこにいるのか」
仕切りの向こうから、酷く慌てたような声が響いた。リーディガルは息を飲んで、正直に返事をした。
「僕です、にいさま」
「今すぐ出てってくれ。勝手に僕の部屋に入るな」
怒気を孕んだ声がリーディガルに返って来た。鍵をかけていなかった自分も悪いだろうと、リーディガルは頭にきて、寝室の仕切りを思いっきり横へずらして取り払った。
仕切りの向こうの寝台の上には、夜着を酷く崩して下半身を露にしたルインフィートが横たわっていた。自ら股間のものに手を添えている。そこは既に先走りに濡れて、そそり勃っていた。
リーディガルは一瞬で兄が何をしていたのかを悟った。そして驚きのあまり言葉を失い、呆然と立ちつくした。
ルインフィートは急いで服装を整えると、リーディガルに背を向けて、震える声で彼に願った。
「出て行ってくれ……」
リーディガルははっと我に帰り、止まっていた思考が回復した。彼は立ち去らず、更にルインフィートに近づいた。
「にいさま」
リーディガルは寝台に上がり、ルインフィートの顔を覗き込んだ。ルインフィートは耳まで紅潮し、涙目になっていた。
「ああもう! なんでこっちにくるんだよ。帰ってくれよ。
はずかしいだろ……」
うろたえる兄を見て、リーディガルはくすりと微笑んだ。
「ご自分でなされてたのですね」
弟の冷静な声に、ルインフィートはいたたまれなくなって枕に顔を埋めた。
「恥ずかしいことではないですよ、にいさま。
そのへんの女性を愛情もなく戯れに抱くよりずっと健全です……」
リーディガルは顔を見せようとしない兄の髪に指を通し、優しく頭を撫でた。
「しかしにいさま、今誰の名前を呼んでいました?」
リーディガルの問いかけに、ルインフィートは顔を伏せたまま答えようとしなかった。
「ハルマースと、してたんですか? 僕のいないあの学園で」
リーディガルの声が僅かに震えだした。ルインフィートは急に顔を上げて、必死に否定した。
「僕の想いが彼に伝えられるなら、女官の棟になんて行かないよ」
リーディガルは暫く考えた後、納得したようにうなづいた。このサントアークでは同性愛は認められていない。
「そうですね、あの真面目な彼が法を侵す訳がない」
リーディガルの返答に、ルインフィートは少し安心したようで、起き上がって弟の隣に座り込んだ。
「僕は僕なりに、なんとかまともになろうと努力してるんだよ」
ルインフィートは苦笑いをした。リーディガルもつられて微笑み返す。
「努力する方向が少し間違ってるみたいですね」
「僕なりって言っただろ?」
ルインフィートはふてくされて、また横になった。リーディガルはさらにくすくすと笑みをこぼした。
「僕はにいさまが本当に堕落してしまったのかと、心配しました。
僕はこれで帰ります」
リーディガルは立ち上がり、寝室の仕切りを閉めた。
「部屋の扉には鍵をかけるのをお忘れなく」
彼はそういうと、ルインフィートの部屋を後にした。リーディガルが去ったのを確認すると、ルインフィートは部屋の扉に鍵をかけようと、鍵に手をかけた。
すると突然強引に扉が開けられた。去ったと思ったリーディガルが、再び部屋の中に駆け込んできた。
リーディガルはルインフィートに強く抱きつき、その胸に頬を寄せた。
「たまには僕のことも、気にかけてください」
そう言うとリーディガルは、ルインフィートを突き放して部屋から駆け出した。
「な、なんだ?」
ルインフィートは呆気に取られてしばらくその場に呆然と立っていた。
その後ルインフィートは寝室に戻り、再び横になった。先ほどの弟の言葉を思い出し、一人で頬を染めた。
――ハルマースと、してたんですか?
背筋にぞくりとしたものが走った。
ハルマースにもっと触れてもらいたい。ここを、弄ってもらいたい。
そう想いながら、ルインフィートはまた下肢に手を伸ばしていた。
(何をしているんだろう、僕は)
ルインフィートはうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。声を殺して自分を慰めた。
「――ッ」
やがて強い射精感がルインフィートを苛んだ。そのまま彼は下着の中に白濁を吐き出した。
ルインフィートは仰向けになり、手を股間に伸ばしたまま息を整えた。下着はべったりと濡れてしまい、不快な臭いが鼻につく。
「どうしよう」
勢いで出してしまったものの、どう片付けたらいいかわからなくなってしまった。朝着替えを持ってくる従者に知られるのは少し恥ずかしい。
ルインフィートは下穿きと下着を脱いで、手洗い所に向かった。布で下半身を拭い、下着を水で洗った。
臭いが消えずに残ってしまったものの、なんとか精液を洗い落とし、固く絞った後彼はその濡れた下着をまた身に付けた。
「これでヨシ。朝までにはきっと乾く」
そのままルインフィートは寝台に戻り、湿った下着の不快感に耐えながら眠りに就いた。
翌日、ルインフィートは自分のくしゃみで目が覚めた。濡れた下着から身体が冷えて、風邪を引いてしまったのだ。
リーディガルも風邪を引いてしまい、どういうわけか彼も濡れた下着を身に付けていたという。
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