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昼寝
 ルインフィートと離れ、一人で寮生活を送っていたハルマースは、頻繁に体調を崩すようになっていた。
 頻繁に起こる息苦しさと胸の痛みに苛まれ、日に日にやつれていったハルマースは医師に休養が必要と判断されたが、彼はなんとか学年末まで学園に通いきった。
 しかし、卒業まではあと一年学園に通う必要があった。身体が持たないと医師に判断されたハルマースは、途中退学を余儀なくされてしまった。
「ご自宅に教師を呼びましょう」
 付きの医師にハルマースはそう提案された。ハルマースは青白い顔でうなだれたまま軽く首を縦に振った。
「急に身体がいう事を聞かなくなった。今までは何だったんだ……」
 ハルマースはうなだれたまま呟いた。付きの医師はそんな彼に励ましの言葉も掛けられず、ただ黙って見守っていた。
 馬車に乗り、自宅に戻ると、ハルマースは体調の不良を訴えてすぐに横になってしまった。
 息子の不調を聞かされていたダルマースが急ぎ自宅に戻り、息子の部屋へと入っていった。
 横たわるやつれた姿の息子を見て、ダルマースは僅かに眉をひそめて俯いた。
 父親の帰宅に気がついたハルマースは、よろよろと身体を起こして寝台の上に座った姿勢となった。
「申し訳ありません、父上……」
 沈んだ表情でハルマースは父に頭を下げた。ダルマースは何も言わず、息子の肩をそっと抱いた。

 ハルマースの帰宅は、体調が優れないという事も含めて、すぐにルインフィートの耳にも入った。
 彼の邸宅は王城のごく近くにあったため、ルインフィートは見舞いの許可を貰って彼の元へと駆け込んだ。
 ルインフィートが久しぶりに見たハルマースの姿は、以前にも増してやせ衰えていて具合が悪いという事を一目で察することが出来た。
「ハルマース……!」
 ルインフィートはとても嬉しそうに彼の名を呼び、抱きついた。
「ずっと僕の世話をすると言っておきながら、一人で学園に行くから罰が当たったんだぞ」
 彼の言葉にハルマースは苦笑いをした。
「そうですね」
 ハルマースはルインフィートの体を抱き返し、久しぶりに彼の暖かい体温を感じた。まるで憑き物が取れていくかのように、不思議と身体が楽になってゆく。
「僕の有り余る体力を君にわけてあげられたらなあ。
 風邪を引いても半日で治ってしまうよ」
 ルインフィートはハルマースに微笑みかけ、そして傍らに立っているダルマースのほうを向いた。
「ハルマースの病気が医者にも神官にも治せないのは、なんで?」
 さり気なく言われた言葉にダルマースは返答に困ってしまった。
 ハルマースの病気の原因は、呪いの力なのだ。それはハルマース本人にも告げてはいない。
 ダルマースが言葉に詰まっているのを察したルインフィートは、慌てて先ほどの言葉を取り消した。
「ご、ごめん、なんでか判るんだったら苦労はしないよね」
 苦笑いするルインフィートに、ダルマースも苦笑した。そしておもむろにルインフィートはハルマースの隣に腰をかけた。
「ダル、仕事に戻って大丈夫だよ。ハルマースは夜まで僕が診るよ」
 ニコニコしながら言うルインフィートに、ダルマースはポカンと固まってしまった。ハルマースもまた戸惑いの表情を見せている。
「し、しかし」
「大丈夫! 僕に任せといて」
 ルインフィートの晴れやかな笑顔にダルマースはたじろいだ。
「こんなところで油を売っていては、またお叱りを受けるのでは」
「大丈夫!」
 ルインフィートはますます晴れやかな笑顔で答えた。ダルマースは呆れてため息を漏らした。
「じゃあ、頼みましたよ」
 ダルマースは仕方なくそう言うと、息子の部屋を後にした。

 ダルマースが去った後、ルインフィートはハルマースに横になるように促した。
「ご心配をおかけして申し訳ありません……」
 気を沈めた様子で、ハルマースは呟いた。
「ほんとに君は人に心配かけてばかりだな」
 ルインフィートは腕組みをして、ハルマースのことをしかめ面で見下ろした。はっきりとそう言われてしまったハルマースは心底傷ついたような顔をした。
 がっかりしてうずくまったハルマースを見て、ルインフィートはくすくすと微笑んだ。
「僕も周りに迷惑ばかりかけてるよ。僕達は似た者同志だな」
 ルインフィートの言葉に、ハルマースはわずかに引きつった表情を見せた。そして彼はむくリと起き上がり、寝台から降りて立ち上がった。
「おい、無理しないでくれよ」
 心配そうに言うルインフィートを、ハルマースはやや睨みつけるようにして見下ろした。
「もう大丈夫です。お気遣いなく!
 あなたも早く王城にお戻りください。皆が心配してますよ」
「ハルマース……」
 ルインフィートはため息を漏らした。そして、軽く彼の肩を寝台のほうへと押した。それだけでハルマースはよろめいて、再び寝台へと腰を落としてしまった。
 自分で思っている以上に弱っているという事に気付かされ、ハルマースは呆然と虚空を見つめた。
「無神経なことを言って悪かった。君は何も悪くないよ。
 ゆっくり休んではやく良くなってくれよ」
 微笑みながら、彼は再びハルマースの肩を掴んで寝台に横になるように促した。
「ついでに僕も一緒に休むよ」
 ルインフィートは靴を脱ぎ、寝台に上がってハルマースの脇に寄り添った。
「ル、ルインフィート様」
 ハルマースは戸惑い、身体を起こしたが、ルインフィートが彼の腕を掴んで自分の元へと引きずり込んだ。
「昼寝は気持ちいいよ」
 穏やかなルインフィートの微笑みに、ハルマースは心が揺らいだ。抱きしめてしまいたいという衝動に駆られて、ルインフィートの首の脇に手をついて、下に組み敷くような格好となった。
 しかしハルマースは衝動をぐっと堪えて、彼の脇へと身を横たわらせた。
「ハルマース、僕は……」
 ルインフィートはハルマースから顔を背け、彼と手を重ね、ぎゅっと握り締めた。
「僕は君が……その……
 げ、元気になれたらいいなって思うよ」
 何故か言葉を詰まらせながらルインフィートはハルマースに告げた。ハルマースは目を細めて、ルインフィートの後頭部を見つめた。
 握り締められた手は暖かく、ハルマースの心まで潤していくようだった。
 二人はそのまま眠りについてしまい、日が暮れてしまった頃にリーディガルの怒号に叩き起こされた。
「ふ、フケツです! 二人とももう一緒に寝るような歳ではないと言うのに!」
 顔を真っ赤にして怒るリーディガルに、ルインフィートは苦笑いをした。
「リーだってまだたまに僕と一緒に寝るじゃないか」
「僕は兄さまの弟だから、いいんです!」
 わめき散らすリーディガルに、ハルマースはやれやれとため息をついた。
 丁度その頃ダルマースも帰宅し、それ見た事かとばかりに肩を竦めた。
「ダルマース、大体お前が……!」
 憂慮したとおりの事態になって、ダルマースは苦笑した。
 なんとか彼を宥めすかすのに小一時間ほどかかり、ルインフィートはげんなりしながら王城へと連れ戻されていった。

 ルインフィートはそれから毎日見舞いの名目でゼノウス家の邸宅を訪れた。
 ハルマースは不思議とまた体調が良くなり、正常に生活が出来るまでに回復していった。
 すっかり元気になったハルマースに、ルインフィートも気を良くしたが、不安は完全に拭うことは出来なかった。
 そんな折にルインフィートはとある噂を小耳に挟んでしまった。
 東の自由都市と呼ばれるところに、あらゆる災いを跳ね除けるという聖なる護符が眠るという話を。
 その話が妙に気になって、ルインフィートは急に近隣の情勢について調べるようになっていた。
 勉強嫌いな兄が急に世界情勢について学び始めたのをリーディガルは少し不穏に思ったが、彼もいよいよ真面目になったのだと感じていた。
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