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自由都市へ
 ルインフィートとハルマース、二人の冒険者生活が始まった。ダルマースが手を回しているのか、サントアーク内の移動は容易だった。誰にも邪魔されず、騒がれることもなく、国境まで順調に進むことが出来た。
 本当に危険な冒険者生活はルイムに入ってからだった。悪天候と複雑な地形に足を阻まれ、苦難の道のりが続いた。
 ダルマースの警告どおり「死の賢者」の手の者による襲撃も後を絶たず、二人は当初予定していた道を変更し、なるべく人気の無い道を選ぶようになっていた。
 しかし二人は途中、魔族の森と呼ばれる地域に足を踏み入れてしまった。
 幻覚に迷わされ、同じ道を彷徨わされ、どうにも抜けられなくなり、悪質な木の精霊に襲われてしまい危機に陥ってしまった。
 しかし、二人は旅の青年によって助け出された。その青年は、ハルマースが死んだと思っていたルイムの王子、ガーラ・ルイムだった。彼は兄弟と生き別れてしまい、ワートに探しに行くところだと言う。
 ハルマースは彼との再会を歓迎しなかった。不吉な予感が胸をよぎり、不安を募らせるばかりだった。しかしルインフィートは彼に救われたことを恩義に感じ、目的地も同じ場所であったことから、同行を求めてしまった。
 ガーラは記憶を失っており、かつて垣間見た陰湿さが失われているようだった。ハルマースは彼の能力を利用するという事に腹を決め、しぶしぶ共に行動することにした。
 ガーラを仲間に加えた後、旅は格段に楽なものとなった。彼は高度な神聖魔法を習得しており、その神聖魔法は傷ついた身体を一瞬で癒し、冒険に多少の無理が利くようになっていった。
 しかし途中再びルインフィートは死の賢者の手先に襲われ、ガーラに正体を知られてしまう事態になった。ガーラには少々の衝撃を与えてしまったようだが、それでも友好的についてきてくれた事から、ルインフィートはもとよりハルマースも、彼を信頼するようになっていた。

 ガーラを加えて三人となった彼らは、魔の国ルイムを抜けて、未だ未開の地の残るワートへと足を進めることが出来た。
 ワートは各地から移民が流れ、古代の遺跡の発掘や未開の地の開拓によって発展を続けているところだった。自由都市と呼ばれる中心街は冒険者で賑わい、活気に溢れ成長を続ける「生きた都」だった。
 冒険者は素性を問われず、冒険者名簿に登録をすることで誰でも遺跡の発掘をすることが出来た。冒険者名簿は主に酒場や宿屋に置いてあり、地域によって組合が出来ていた。
 冒険者は組合に情報を集め、遺跡や迷宮の秘密を探っていく。発掘した品物は商店に持ち寄り、取引をして生活の糧を得ていた。
 冒険者の中にはそうして得た富を元に危険な探索をやめて、新たな職に就いて定住するものも増えつつあった。また、安定した収入を望むものは公的機関の運営する団体に所属する大工や土木作業員となり、街の整備や建築に携わって給料をもらうと言う生活も可能だった。
 ワートに国王はいない。この都市国家は民によって発展し、民によって治められているのだ。身分の制度の無い自由な生活がここにはあった。
 都市の評議会議事堂の地下にひときわ大きな迷宮があり、そこの最奥にルインフィートの求める「聖なる護符」を、この国の聖堂から奪った者が立てこもっていると言う。
 地下迷宮は古代をそのまま切り取ったような空間で、危険なところだった。地上では見ることのない邪悪な魔物がうようよと棲み付いているのだ。奥へ下へと進めば進むほど、魔物は強大になっていき、戻ることも困難になっていく。
 三人は無理をせずゆっくりと探索をすることに腹を決めた。先をあせって帰らぬ者となる冒険者が後を絶たなかったのだ。ある者は迷宮の中で息絶え、ある者は邪気にあてられて理性を失い、人間であることを忘れて冒険者を襲う怪物と化してしまう。
 三人は他の冒険者よりも優れた能力を持っていたが、だからこそ中の危険さも測り知ることが出来ていた。力量を見誤ることが何よりも危険な事だった。

 長く街で暮らすうちにガーラは、失われた記憶が徐々に蘇り、生き別れた親・兄弟と再会し、彼の旅の目的を達成した。ガーラは兄弟とここで生活を共にすることに決め、ルインフィート達との生活を別つこととなった。
 ガーラはその後本当の父親の、ルイムの七賢者の一人であるザハンと再会する。ガーラとその兄弟はザハンに引き取られ、彼の邸宅で暮らすこととなった。
 自分の在るべき場所を見つけた後もガーラは、変わらず迷宮探索に力を貸してくれていた。しかし彼は兄弟と再会する直前……記憶を取り戻し始めた頃から徐々に穏やかさを失い、不安を訴えることが多くなっていた。

 ルインフィートはそんなガーラのことを心配し、何の警戒もなく、ある夜に誘われるまま彼の部屋へとついていってしまった。
 そこで彼はガーラに身体を拘束され、訳も分からないまま蹂躙されることになった。信頼していた、優しい仲間だと思っていた男に手酷く犯されて、ルインフィートは傷ついたが、直後に素直に謝られてしまい怒りをぶつけることが出来なかった。
 ガーラとの関係はその後も続いてしまった。ルインフィートは優しかった頃のガーラが彼の本質だと信じ、元の彼を取り戻して欲しかったのだ。
 誘われるまま何度も彼の部屋に訪れて、夜をそこで明かしてしまうことが多くなった。朝になると、ハルマースがいつも文句の一つも言わずに迎えに来た。
 ルインフィートはガーラに身体を蹂躙されているときよりも、その朝の瞬間が一番つらく心に痛かった。

 誰の目から見ても疑わしいルインフィートとガーラの関係を、ハルマースは問い詰めようとはしなかった。生真面目な彼は、夜ルインフィートが外出してしまうのは自分に原因があるのだと、そう思い込んでしまっていたのだ。
 ルイム家が暮らすザハンの邸宅に通ううちにハルマースはガーラの弟ジュネと親しくなり、不意にその悩みを漏らすようなこともあった。
 ハルマースはジュネのことをを良き友として見ていた。しかしジュネは彼に、友以上の感情を抱いてしまった。
 ジュネの秘められていた思いは兄であるガーラの異常な行動によって暴露され、ハルマースは困惑した。
 ジュネは美女と見まごうばかりの美青年だったが、間違いなく男である。ハルマースは彼の気持ちが全く理解できずに、ジュネの想いをガーラのでっち上げた悪い冗談かなにかのように受け取ってしまった。

 ルインフィートはあまりにも鈍いハルマースに何故か苛立ち、彼を叱った。同時にルインフィートの気持ちも僅かに曇ってしまった。
 この生真面目な青年は、きっと自分の気持ちもわかっていない、そしてわかろうともしないに違いない――ルインフィートは心の底からそう感じたのだ。
 ハルマースの言動が原因か否か、ジュネはザハンの邸宅から姿を消してしまい、ハルマースは責任を感じて気を病むようになっていた。
 ガーラはジュネがいなくなる直前に行った兄弟喧嘩が原因で性的不能に陥り、病院に通う日々が続いた。
 ガーラが不能に陥ったおかげでルインフィートは彼の性的いたずらに煩わされることがなくなり、一度はあきらめかけたハルマースへの想いが蘇っていた。
 ハルマースもジュネのことが引っかかりつつも、ルインフィートとの生活を楽しく感じていた。


 ある夜、眠りについていたハルマースは不意に目を覚ました。扉が閉まる音が聞こえたような気がしたのだ。
 隣の寝台を見ると、そこにあるはずの姿が見当たらなかった。
 ハルマースは咄嗟に飛び起きた。そこにルインフィートの姿が無いという事は、この部屋を出てまたガーラの元へ行ったという事だと判断した。
 彼は舌打ちして、簡単に身なりを整えると部屋の外へと駆け出していった。今までは朝になってから迎えに行っていたのだが、今日は今さっき出て行った直後だと察し、あの家にたどり着くまでにルインフィートを捕まえられると思ったからだ。
 しかし夜道に彼の姿はなく、ザハンの邸宅にも彼の姿はなかった。ハルマースは心臓が縮みあがるような不安に捕らわれてしまった。
 そんなハルマースの様子を察して、魔術師のザハンがルインフィートの居所を探った。魔法の鏡を使い、ルインフィートの今現在の姿を映し出した。
 ルインフィートは……借りている部屋の、トイレから出てくるところだった。
 ハルマースが聞いた扉の音は、ルインフィートがトイレに入る音だったのだ。
 ハルマースはめまいがした。自分のあまりにも間抜けな行動に腹を立てて苛立ちつつも、鏡の向こうで困るルインフィートの姿を暫くの間眺めていた。
――いつも心配している自分の身にもなってみろ。
 そんな苦い気持ちでルインフィートを見ていたが、彼が本気で不安そうに部屋の中をきょろきょろしているのが可哀想になり、いてもたってもいられずにハルマースの足は勝手に外へと駆け出していた。
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