見せかけ
感心したのも束の間、ハルマースは呆気にとられることになった。この気さくな王子様は、どうやらお勉強が嫌いらしい。
迎えにきた黒髪の少年は、ルインフィートの一つ下の実弟で、名前をリーディガルといった。やや癖のある黒い髪の毛が特徴的だが、ルインフィートとよく似た顔立ちをしていた。奔放なルインフィートに比べ、リーディガルはいわゆる出来のいい子であるらしく、専門の講師に一つ年上の兄と同じ講義を受けていた。
「いやだ、算数は嫌いなんだ!
僕はこれからダルに剣術を学ぶんだ!」
ルインフィートはダルマースに駆け寄り、ひしりとかれの脇にしがみついた。広い背中に顔を隠し、リーディガルの視線から逃れる。弟王子の鋭い視線は、おのずとダルマースに向けられた。
「ダルマース、あなたもあまり兄を甘やかさないように。
兄さまを教室に連れてきてください」
わずか九歳の少年の一睨みに、ダルマースは敬服せざるをえなかった。
「行きましょう、王子」
「嫌だよ!!」
ごねる王子の抵抗を無視して、ダルマースは彼の体を有無を言わさず抱えあげた。じたばたと暴れて見せるが、サントアーク最強の男の前では蚊ほどの抵抗にもならなかったようだ。やがて観念してルインフィートはおとなしくなり、ダルマースの背中にしっかりとおぶさった。
「ダルが僕の父様だったらよかったのにな……」
不意に、ルインフィートがぼそりと呟いた。
呆然と彼らの様子を見ていたハルマースは、はっと我に帰った。気づくと、弟王子のリーディガルが彼を見ていた。どちらかというと、好意的な眼差しではない。幼いその表情から、どこか疎ましげな感情をさらけ出していた。
王子を目の前にして自己紹介もしていなかったハルマースは、慌ててリーディガルに頭を垂れ、名前と素性を告げた。
「ふうん、ダルマースに息子がいたんだ」
まるで品定めをするかのように、リーディガルはハルマースを頭のてっぺんから爪先まで眺めた。
「ずいぶんと頼りない感じがするけど。
本当に君将軍家の者かい?」
それからリーディガルは、くすくすと嘲笑した。ハルマースは胸のあたりに嫌悪を覚えたが、何も言うことは出来なかった。
「リー、なんてことをいうんだい」
先ほどまでごねて暴れていたルインフィートが、ダルマースの背中から降りて、リーディガルの前に立った。兄に睨まれて、リーディガルはびくりと脅えたように肩を強ばらせた。
「僕達が好きで王子をやっている訳じゃないように、ハルマースだって好きで痩せている訳じゃない」
ルインフィートにそう言いつけられると、リーディガルはしょぼんと落ち込んだ様子で肩を落とした。大きな瞳には涙すら浮かべているようだ。
「ごめんなさいにいさま、怒らないで……」
「怒ってなんかいないよ。
さあ、いくよ。リー」
さんざんごねていたのがまるで嘘のように、ルインフィートはリーディガルの手をひいて中庭から城内へと消えていった。ハルマースはただただ呆然と、二人の様子を見守っていた。
その夜、快気した将軍の一人息子ハルマースを祝って、宴が開かれた。国の重鎮達が一同に会して、ダルマースとハルマースの親子に挨拶をしてくる。ハルマースにとっては、初の社交会出席である。
どちらかというとあまり良い思いはしなかった。人々はやはり好奇とあわれみの目でハルマースを見ている。ダルマースに後継者の心配を示唆して新たに見合いの話をもってくる露骨な者もいる。こんなところに来るんじゃなかったと、ハルマースは気分を悪くしていた。
国王に挨拶をして早々に帰ろうと思ったが、どうやら国王は全国各地を視察で回っていてもう一月ほど王城へは帰っていないという。国王が不在と言うこともあって、宴はいささか理性を欠いていた。次々と酒が運び込まれ、酒の匂いにますます気分を悪くして、ハルマースは逃げるようにバルコニーへと足を運んでいた。
それほどいいところでもないけど。昼間のあの王子の声がはんすうして頭の中に響く。見かけは美しくとも、連中のなんて腹黒いことか。
ハルマースは早くも初日でめげそうになっていた。しかし、だからといってまた森の別邸にひき篭るのは嫌だった。自分が不甲斐ないせいで父が侮辱されるのも耐えがたいことだった。
ハルマースはひそかに決意した。
ゼノウスの名に恥じない立派な強い男になって、父の跡を継ごうと。
そしてあの心優しい王子を守ろうと。
翌日から、ハルマースは身体を鍛えはじめた。とはいっても軽い運動だけだったが、皮肉にもハルマースは運動の筋が良かった。みるみる内に剣の腕は上達し、瞬く間に彼を弱そうな男扱いをする者はいなくなった。
おまけに彼はサントアーク人にしては珍しく、魔術も使いこなすのである。ハルマースを嘲笑していた連中は一転、今度は彼を恐れ危険視するようになった。
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