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鋼鉄の制裁
 ガーラの弟、セリオスは一人台所で朝食の支度をさせられていた。かつては次兄のジュネが家事全般をやっていたのだが、ジュネが失踪してしまってからは何故か家事はセリオスの仕事にされてしまった。
 朝早く不機嫌な面を構えて、セリオスは一人野菜を刻んでいた。朝食とはいえ手を抜くとこっぴどくルイムの姫君ローネに叱られてしまうのである。
 ローネは口よりも先に拳を突き出す凶悪な少女だった。ルイム家を取り巻く不幸な出来事が災いしているのだろう。彼女はこの家の誰よりも強く誇り高い存在だった。
 そんな恐怖に支配されて、苦々しく仕方なく仕事をこなすセリオスの肩に、不意に何者かの手がかけられた。セリオスは驚いて飛び上がりそうになった。
「誰だ!」
 振り返ると、そこにはこの家の者ではない、背の高い青年が立っていた。セリオスよりも頭一つ、いや二つ分くらい上に顔があった。セリオスは彼の顔を見上げて、荒々しく声を上げた。
「な、何だよお前! ぶっ倒れたんじゃなかったのかよ!」
「かわいそうに、今度は君が小間使いか」
「うるせぇ!」
 青年……ハルマースにセリオスは吠え掛かった。ハルマースはそんなセリオスを頭を軽く撫でて宥めすかそうとした。
「先日、君には悪いことをした。全部あの男が悪かったようだがな」
 ハルマースは先日、セリオスをあやうく殺してしまうところだった。セリオスのことを王子を狙う不審人物と間違えたのだ。
 原因はガーラにあった。ガーラは弟のジュネとハルマースが親しくなりだしたのを危惧し、二人の身の回りの調査をセリオスにやらせたのだ。
「あいつは異常だ」
 正真正銘の真顔で兄の悪口を言うハルマースを見て、セリオスは何故か胸のうちがスッとした。
「あ、アイツは酷いんだぜ! 何かあるとすぐにオレを……!」
「ダレの悪口言ってるの?」
 突如耳に入ってきた声にセリオスはぞっとして、物凄い勢いで後ろを振り返った。セリオスの背後に一人、金髪の少女が腕を組んで仁王立ちしていた。そして台所と続きになっている居間の席には、セリオスと双子であるライが座ってニコニコ笑っていた。
「はやくご飯作ってくれないかしら。おなかが空いたわよ」
「お前に食わせるメシはねえ!」
――ピシャリ
 口ごたえするセリオスの頬に、ローネの平手が飛んだ。セリオスは恐ろしい少女の仕打ちに半ベソをかいた。
 ハルマースは、気の強い少女に驚いて何も言う事が出来なかった。しかしセリオスのことを気の毒に思って、黙って彼の仕事を手伝いはじめた。
 黙々と二人で料理を作り、食卓の準備が整ったところで、長兄のガーラが部屋の中に入ってきた。部屋に入るなりガーラは、食卓に並ぶ料理がいつもと違うことに気がついた。
「なんだか今日はずいぶん豪華だね」
 ガーラは機嫌の良い笑顔を台所のほうへと向けた。しかしそこにハルマースの姿を見つけると、急に彼は表情を険しくして押し黙った。
「家来君がメシ作ってくれたんだよ」
 ローネに殴られて未だ頬に赤みが残っていたが、仕事を手伝ってもらえたのが嬉しかったらしくにこにことしていた。
「そうだ、王子様起こして来なくていいのか?」
 セリオスは未だ部屋に現れないルインフィートのことが気になり、ハルマースに尋ねてみた。ハルマースはいかんともしがたいような微笑みを見せた。
「いつもまだ寝てる時間だからな……俺のせいで疲れているかもしれない。そっとしてやっといてくれないか」
 ハルマースがそう答えたとき、料理が揃ってガーラが席に着くのを待っていたローネは、ガーラの表情が酷くきつい顔になったのを目撃した。何故だか胸騒ぎがして、彼女はがたりと椅子の音を立てて席を立ち上がった。
「ローネ?」
 隣に座っていたライが彼女を見上げた。ローネは「トイレよ」と呟くと、足早に居間から出て行った。

――嫌な予感がする
 ローネは階段を駆け上がり、今はルインフィートが眠っているはずのジュネの部屋へと駆け込んだ。部屋に入るなり、強烈な雄の匂いが彼女の鼻を襲った。次に、寝台に括られて動けない青年の姿が目に焼きついた。
 陽の光に照らされている彼の身体は無残に下半身が剥き出しにされ、汗と白濁にまみれていた。まだ乾ききらないその滴は、彼がここで誰に何をされたのかを明白に示していた。
「ハ……ルマ、たすけ……」
 焦点の定まらない虚ろな目で、うわごとを繰り返す。ローネは正気を失っている彼の気を取り戻す為に、とりあえず彼の頭を軽く殴ってみた。ごつんという鈍い音が部屋に響き渡った。
「痛!」
 ルインフィートは短く悲鳴をあげた。軽く殴ったつもりが、結構強く殴ってしまったらしい。しかしそのおかげでルインフィートは正気を取り戻し、はっきりとローネの顔を認識することができた。
「ろー、ローネちゃ……」
 寝台の支柱に両手首を括られたまま、顔だけをローネに向ける。彼女の姿を確認して、ルインフィートから緊張がごっそりと抜け落ちていった。
「ローネちゃん助げでぐれえええぇぇぇぇ!!」
 恥も何もかなぐり捨ててルインフィートはローネに涙ながらに訴えた。その勢いに一瞬ローネはぎょっとして怯んだが、助けないわけにもいかずに彼の手に念入りに巻きつけられているテープを剥がしてやった。
 開放されたルインフィートは思わずローネに抱きつこうとしたが、精液がべっとりとついている彼の身体に触れられたくないローネは物凄い勢いで彼から遠ざかった。
「なんでアンタはいつも兄貴にやられてるのよ!」
 ローネは前にもルインフィートがガーラに犯されているのを目撃した事がある。服を着ていると判りにくいが、ルインフィートの体格は兄ガーラよりもがっしりとしていて筋肉の付きも良い。彼がこうして簡単に犯されてしまうことが、彼女には全く理解ができなかった。
「今日は本気で抵抗したんだ。だけどアイツ……オレに戒めの魔法を使ってきたんだよ! うごけないよ!」
 ルインフィートは必死の形相で彼女に訴えた。その話を聞いて、ローネの表情が見る見るうちに強張っていった。
「な、なんですって」
 ローネも僧籍に身をおいている。ガーラの取った行動がいかに悪質かを知っており、言葉にできないほどの怒りが彼女を包み込んだ。
「許せない……クソ兄貴め!」
 ローネは拳を握り締めて、奥歯を噛み締めていた。そのあまりにも恐ろしい形相に、ルインフィートはごくりと息を飲んだ。この勢いではガーラは殺されてしまうかもしれないとすら感じた。
「で、でもまあ、俺も悪いんだよ……お互い様ってヤツかな。あんまり騒ぎ立てないで欲しい。ハルマースには知られたくないんだ……」
 ルインフィートは無理に笑顔を作ってみせ、なにかをごまかすかのように頭をボリボリと掻いた。ローネは呆れた表情になり、大げさに肩を竦めた。
「お人よしもいい加減にしないと、いつかアンタにも罰が当たるわよ。兄貴を付け上がらせてるのは間違いなくアンタだわ」
「そうかもしれないね」
 きつくローネに言われても、ルインフィートは笑顔を絶やさなかった。ローネは鼻をフンと鳴らして、ルインフィートに見下すような視線をむけた。
「とりあえずそのクサイ身体を何とかしなさい。風呂場は下にあるわ。着替えは勝手にジュネ兄のを着なさい。その辺にテキトーにしまってあるから」
 そういうとローネは、物凄い勢いで部屋を出て行った。何か余計なことを言われては困ると思い、ルインフィートは彼女を引きとめようとしたが、まるで間に合わなかった。
 ハルマースに行為がばれる事だけを恐れたルインフィートは、急いで部屋の持ち主の衣服を取り出して、半裸のまま下の浴室へと駆け込んでいった。
 幸い、身体に痣などは残されてはいない。全て水で流してしまえばそれで終ると彼は考えていた。

 居間では食事の準備がすっかり整えられ、屋敷の主であるザハンも席について少女の帰りを待っていた。彼女を置いて食事を始めようものなら、どんな酷い説教を食らわせられるか判ったものではない。
「ローネトイレ長いね」
 ニコニコしながらライはセリオスに言った。セリオスはふてくされた顔で、フンと鼻を鳴らした。
「ウンコだろ」
 噂をした矢先に、居間の扉がけたたましく開けられた。中に入ってきたローネの表情は青ざめて、まっすぐにガーラを睨みつけていた。
「ローネ、早くしないとご飯が冷めちゃうぞ」
 彼女の朝の機嫌が悪いのはいつものことである。ガーラは何の疑いもなく立ち上がり、彼女に席に着くように促した。
「黙れクソ兄貴!」
 ローネはガーラに勢いをつけて飛びついて、腕を掴んで鮮やかな投げをかました。突然のローネの暴挙に誰もが言葉を失って、席についたままあんぐりと口をあけて呆然となった。
 突然身体を床に叩きつけられたガーラは、声を上げようにも息が詰まって何も言う事ができなかった。驚きに目を見開いてローネを見上げると、すぐさま彼女はガーラの衣服の襟を両手で掴んで無理矢理に引き上げた。
「ひ、ヒイッ――!」
 ガーラは恐怖に顔を引きつらせて、ぶるぶると震えだした。ローネは怯える兄に対して容赦なく、渾身の力を込めて鳩尾に膝蹴りを入れた。
 その一撃でガーラは気を失ってしまい、ローネに首を掴まれたままぐったりとしてしまった。


 意識が戻ったとき、ガーラは更なる地獄を味わうことになった。衣服を全て脱がされて全裸にされ、椅子に頑丈に縄で縛り付けられていたのだ。そして目の前には鋭いナイフを手に持ったローネが、冷ややかな眼差しでガーラを見据えていた。
「ロ、ローネ、俺をどうするつもりだ」
「去勢する」
 沈黙が訪れた。ガーラの血の気が急速に失われてゆく。この少女は冗談でこのような事を言う者ではない。全てにおいて本気なのだ。
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