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男の戦い
 ルインフィートはだるい身体をハルマースに預け、石鹸を使って丁寧に身体を洗われていた。身体を優しく擦られて、心地良さにうっとりと目を細めていた。
 身体の隅々まで汚れを落とすと、お湯を使って体の泡を綺麗に洗い流した。お湯から発せられる湯気が二人の身体を包んで、周りの景色が白く霞んだ。
「ありがとう、ハルマース」
 ルインフィートはにこりとハルマースに微笑みかけて、背に腕を伸ばしてそっと抱きついた。ハルマースもいとおしそうに目を細めながら、ルインフィートの髪を優しく梳く。
「朝から災難に遭いましたね」
 朝から続けざまに二人の男に犯されて、ルインフィートの疲労は限界に達しているようだった。足元はふらついて、ハルマースに支えられながらやっと立っている。勢いでやってしまい、ハルマースは主君を気遣わなかった自分を急に恥ずかしく思った。
「無理をさせました……本当に申し訳ない」
 ルインフィートの身体を支えて、浴室から外へ出る。濡れた身体を布で綺麗に拭き取りながらハルマースは言った。ルインフィートはゆっくり首を横に振り、彼に尚も微笑みかけた。
「お前になら、何をされても構わないよ」
 彼の言葉に、ハルマースはくらりと目が眩むような感覚を覚えた。
「そんなこと、仰らないでください……」
 ハルマースは彼の身体を強く抱きしめた。肌が触れ合い、そこからまた熱い欲望がこみ上げて来る。しかし、ここで再び彼を求める訳にはいかないと、湧き上がる燃えるような衝動を必死で抑え込んで、肩を両手で掴んで身体を自ら離した。
「早々に帰りましょう。そして、ここの連中とはもう縁を切るんだ。関わると、ロクなことが無い」
「え……」
 ハルマースの言葉に、ルインフィートは寂しそうな顔をした。
「ガーラは……本当は悪いやつじゃないんだ。お前だって、助けてもらったじゃないか。
 俺たちにはここの連中の力が必要だと思わないかい?」
「…………そうか」
 ハルマースはため息をついた。ルインフィートの言う事は頭では理解できるが、気持ちではどうしても了承しがたいものがあった。
「俺は自分が嫉妬深いと言う事に、今気付いたようだ。今後ガーラがあなたに何かをしでかしたら……俺はガーラに刀を向けてしまうかもしれない」
「そう言い聞かせておいたほうが良いね」
 ハルマースの真剣な眼差しを、ルインフィートは笑顔で受け止めた。


 居間では修羅場が繰り広げられていた。
 鋭いナイフを構えて、ローネは兄の前に立ちはだかった。ガーラは青ざめた顔で、一糸纏わぬその身体をぶるぶると震わせていた。
 辺りは静まり返り、呼吸をするのも憚られるような緊張感に包まれていた。
「今、諸悪の根源を断つ」
 ローネはそう呟いて、身体の向きを不意に脇で恐る恐る成り行きを見守っていたセリオスたちのほうへと向けた。彼女はずかすかと足を踏み鳴らしてセリオスに近づいて、その手にナイフを無理矢理握らせた。
「やるのよ、セリ。ヤツのタマを取りなさい」
「お……オレがかよ!!」
 セリオスは思わず叫んだ。そして咄嗟に手に持たされたナイフを、逆に押し付け返す。
「冗談じゃねえよ! ふざけんな!」
「あたしだってヤよ! 男のキンタマ取るなんて!」
「お前が勝手におっぱじめたんだろうが!!」
 二人は言い争い、いつの間にかナイフの押し付け合いになっていた。そんな二人の様子を、ライが傍らで不安そうに見守っていた。
「さあ、今の内に」
 ガーラの父親、ザハンがガーラに歩み寄り、彼の拘束を解いた。しかしその瞬間、彼らをめがけて鋭いナイフが飛んできた。
「ヒィ!」
 ナイフはガーラの頬を掠めて、直ぐ脇の壁に鮮やかに勢い良く突き刺さった。ナイフを投げたのは、疑いようもなくローネだった。ローネは兄のほうへと戻り、壁に刺さったナイフを再び手に取った。
 ローネはそのナイフを、拘束が解かれて自由になったガーラの手に握らせた。
「自分で取りなさい」
「出来るかーッ!」
 ガーラはナイフを床に叩きつけて、妹に向かって怒鳴り散らした。
 ザハンがもう見ていられないといった表情で、大急ぎで息子の衣服を手渡した。ガーラは大急ぎで下着を着て、上着をかるく羽織って、安心したように大きなため息を漏らした。
「まったく、兄さんを裸にするだなんて、ローネもいつの間にかエロ可愛くなったもんだ」
「キモイ」
 ローネは短く吐き捨てた。ガーラは極力妹の気に障らないように言葉を選んで発言したつもりだったが、全くの無駄な努力だった。
「しかし、なんでまた今日はそんなに怒るんだい? もしかしたらローネは王子様に気があるのかい?」
「あんなヤツ勝手に犯られまくってればいいわ。私が頭にきたのは、あんたが神の力を悪用したことについてよ」
「ローネちゃん……」
 いつの間にか、ルインフィートとハルマースが居間に入ってきていた。ルインフィートは今のローネの発言を聞いてしまったようで、ハルマースの肩にもたれかかりながら今にも泣きそうな表情になっていた。
「あら? ずいぶんとおつかれの様子ね。牛乳を洗い流してもらうのに随分時間がかかったじゃない」
 ローネは悪びれもせずに、しれっとした態度を見せた。しかしその言葉に反応したのは、ルインフィートではなくハルマースだった。
「君は神官の癖に、俺に嘘をついたな。牛乳をかけられただなんてよく言えたもんだ」
「……あんなに隠そうとしてたから気を使ってやったのに、もうばれたの?」
 ローネの冷たい視線が、ルインフィートに注がれる。ルインフィートは彼女に恐怖を覚えて、ハルマースの背中に回って身を隠そうとした。
「へぇ」
 興味深そうにガーラは薄笑いを浮かべた。二人の側に歩み寄って、隠れるルインフィートの顔を覗き込む。
「ばれちゃったんだ、コイツに、俺たちの関係。それで、お仕置きされちゃったのかな?」
 ガーラはいやらしく笑いながら、ルインフィートの肩をぐいと掴んで寄せようとした。ルインフィートは彼の手を払いのけたが、その時腰が痛んでバランスを崩し、その場に膝をついてしまった。
「うわっ……」
「ルイン……!」
 ハルマースが慌てて彼の腕を掴んで、立ち上がらせようとした。そんな二人の様子を見て、ガーラはあることを確信した。
「なに? 腰が立たなくなるほどやっちゃったの? お前も結構やるじゃないか。エロイ身体してるだろう? この王子……」
 言葉を言い終わらないうちに、ガーラはハルマースに殴り飛ばされていた。拳で顔を思い切り殴られて、見る見るうちにガーラの頬が赤く腫れ上がっていった。
「こ、コノヤロウ、なにしやが……!」
 身体を起こすと続けざまにもう一発が飛んできた。ガーラは彼の拳を今度は手で受け止めて、逆に彼を殴り飛ばした。
「や、やめろよ二人とも!」
 ルインフィートがよろよろと身体を起こして、二人の間に入ろうとした。しかし、今のルインフィートの状態では二人を止めることが出来なかった。あっさりと身体をガーラに弾き飛ばされて、尻餅をついてしまう。
 頭に血が上ってしまった二人は掴みあい、お互いを罵りながら殴り合った。その力は容赦なく、お互いの顔を腫れ上がらせて血で染めていった。
「二人を止めてくれ! 誰か!」
 殴り合いから今度は椅子の投げあい等の家具を使っての暴行に発展している。このままの勢いではどちらかが死ぬまで終りそうも無いと感じたルインフィートは、周りに制止を求めた。しかし、このルイム家の連中は二人の喧嘩を止めようとはしなかった。
「気が済むまでやらせたらいい。ここで止めたら……あの二人は一生お互いを憎み続けるわ」
「え……」
 酷く冷静なロ−ネの言葉に、ルインフィートははっと息を飲んだ。
「元凶はあんたなんだから、しっかり見てなさい。男の戦いざまというヤツを」
「わ、わけがわからないよ……!」
 耐えられずに、ルインフィートは力を振り絞って立ち上がり、二人の間に割って入った。同時に投げつけられた椅子が、ルインフィートの身体に直撃した。ルインフィートは苦痛の声を上げて、その場に倒れ伏せた。
 二人ははっと我に帰って、酷くボコボコになってしまった顔でルインフィートの元に駆け寄った。
「す、すまない、ついかっとなって……」
 ハルマースがそう謝りながら、ルインフィートの身体を抱え起こして抱きしめた。幸い目立った外傷はなかったが、ルインフィートは今にも泣き出しそうな哀しい表情を浮かべていた。
「ふん……お前達はいつもそうだよな。二人でそうやって支えあって、俺の事なんか無視かよ」
 ガーラが苦々しく二人の様子を見下ろしながら言った。ルインフィートは呆れたような顔つきになり、ため息をついた。
「ガキみたいなこと言うなよ」
「ガキで悪かったな。俺はお前達が羨ましかったんだよ。俺はいつでも邪魔者で……嫌われてるの判ってるんだよ」
 いよいよ子供じみたことを言い出したガーラに、ハルマースもぽかんと目を見開いた。
「何の悩みもなさそうなお前を苛めたらどうなるか、見てみたかったんだよ。だけどどんなに苛めてもお前はコイツのことを想って……。
 本当に馬鹿だな俺は! そんなことどうでも良かったはずなのに、気に入らなかったんだよ。俺を……見て欲しかったんだ。
 構って欲しかったんだよ……」
 パンパンに腫れあがった顔で、ガーラは寂しげに笑った。鼻血がたらりと流れて、ぽたりと床に垂れ落ちた。
「悪かったな、今までのこと。俺はもう、ダメかもしれな……」
 そう言ってガーラはその場にばたりと派手に倒れた。
「ガーラ!」
 ハルマースが慌てて彼に駆け寄り、身体を抱え起こした。かっとなって争ったとは言え、命まで奪おうとは思っていなかったからだ。
「すまない、やりすぎた。俺もお前が……羨ましかったんだよ。嫉妬に狂ってしまいそうだった。
 お前が……王子を攫ってしまうんじゃないかと思って……。お前は肝心なときに優しいんだ。俺の大事なものを奪われると思ったんだ……」
 ハルマースも散々にやられてボコボコの顔を更に歪めて、涙を流した。大人気なかった自分を恥じて、ぎゅっとガーラの身体を抱き締めた。
 それはルインフィートにとって理解しがたい光景だった。ぽかんと固まり、呆然となっていると、頭の上からローネの声が降りかかってきた。
「ほら見なさい。男は拳で語るものなのよ」
「わ、わけがわからないよ……!」
 ルインフィートは再び同じ言葉を口にした。
 二人が仲直りしたことを確信したローネはようやく神聖魔法を使い、彼らの身体の傷を治療した。ついでにルインフィートも治療してもらったが、朝っぱらから二人の男に犯されたことによる疲労感は拭えなかった。
 ハルマースとガーラは、今後もお互い協力し合うことを約束した。
 めちゃくちゃにしてしまった部屋を片付けた後、ルインフィートとハルマースはルイム家の連中に礼を行って、その場を去って自分たちが借りている部屋へと戻った。
 ルインフィートは疲労のために直ぐに寝台に横になり、深い眠りに落ちて行った。

 目が覚めたのは翌日だった。身体は酷くだるく、喉が異様に渇いて声が出せなくなっていた。起き上がることもままならず、ぜえぜえと息を切らしながらうなされてしまった。
 身体に無理強いをさせられた為に、酷い風邪を引いてしまったのだ。原因が自分たちにあると痛感したハルマースとガーラの二人は、交代で必死に彼の看病をした。
 その間に失踪していたジュネがルイム家に戻り、彼は婿を迎えてその婿をルイムの新しい国王とした。
 家のことが色々と片付き、ガーラの心は平静を取り戻しつつあった。
 地下迷宮の探索にも真面目に力が入り、三人は順調に行動範囲を広げていった。
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