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不穏な夜
 草木もひっそりと眠りに落ちるような深夜、ハルマースとルインフィートは借りている部屋の寝室で、明日に備えて早めに眠っていた。窓も部屋の扉もしっかりと鍵がかけられて、何人たりとも部屋の中には入って来れないはずだった。
 しかしハルマースはふとした瞬間に人の気配を感じて、瞼を開いた。寝台の脇に、青いローブを身に纏った一人の男の姿が目に入った。
 ハルマースは息を飲み、咄嗟に身体を起こして寝台の側にいつも置いてある刀を手に取り身構えた。
「何の……用ですか? ザハンさん……」
「これはこれは、警戒しないでください」
 ザハンは穏やかに微笑みを浮かべると、ハルマースに刀を置くように促した。しかしハルマースは刀を手放さずに、ぎゅっと握りしめていた。
 ザハンの向こうの寝台では、ルインフィートが静かに寝息を立てて穏やかに眠っている。
「もう一度聞く。こんな夜更けに、突然何の用ですか。王子はもう眠っている。非常識ではないか」
 険しい表情で、ハルマースはザハンにきつく言い放った。得体の知れない恐ろしさを秘めた魔術師を突然目の前にしても怯むことはなかった。
 ザハンは微笑みをたたえたまま、ハルマースに小さな箱を一つ差し出した。
「あなたにお届けものです」
 差し出された小箱を、ハルマースは手に取らなかった。警戒を解かない彼に、ザハンは一言付け加えた。
「あなたの……お父様からですよ」
 その言葉を聞いて、ハルマースの表情が見る見るうちに更に強張っていった。小箱を奪うようにして受け取り、その蓋を急いで開けた。
 箱の中には小さな髪留めが入っていた。それはいつも彼がつけているものと、同じ形をしていた。ハルマースは髪留めを握り締めて、険しい表情のまま俯いた。
 髪留めの下には小さく折りたたまれた紙が入れられていた。紙を手に取り、恐る恐る紙を広げると、そこには確かに父ダルマースの筆跡で言葉が綴られていた。
ハルマースよ、久しぶりだな。良くやってくれている。
その髪留めは、お前の現在位置を知るのに必要なものだ。今まで持たせていたものは、時が経って魔力が薄れてきたのか、効果が薄れてきたようだ。新しいものに付け替えるが良い。
いよいよ明日、護符を奪還しに行くのだな。命を落とさぬよう、くれぐれも気をつけるが良い。
その護符の力は、この世界にとって脅威になりうる。発展途上のワートに置くよりも、我々サントアークが管理するに相応しいものだ。
必ずやサントアークに持ち帰るのだ。
 以下には、サントアークの近況が綴られていた。サントアークでは最近海路の開拓が盛んで、近いうちにワートとサントアーク南部の港を繋ぐ定期便が開通するという。
 ルイムの魔境を通らずとも、海を渡って一週間ほどで行き来ができるようになると言う。今後サントアークはワートとの交易を行い、文化の交流とお互いの繁栄を促すような関係になりたいという旨の言葉が書き綴られていた。
 その言葉を、真に受けていいのかどうか、ハルマースは悩んだ。サントアークはいずれこの地域を、侵略するつもりなのではと言う疑念が頭をよぎる。
 そして、目の前のルイムの賢者に目を向ける。何故彼が、ダルマースの伝言を伝えに来たのだろうか。
「……父はあなたと通じていると言う事か」
「お友達ですよ、ただの」
 ザハンは一層にっこりと微笑むと、ハルマースに頭を上げるようにと肩に手を添えた。しかしハルマースは固く押し黙ったままで、顔を上げようとはしなかった。
「では、私は帰りますね」
 終始微笑みを浮かべたまま、ザハンはその場から姿をふわりと消し去った。顔を上げると、向かい側に眠っているルインフィートの姿が否応なしに目に入った。
「う……ん?」
 ルインフィートは小さく呻いて、ぼんやりと目を開いた。
「なんか今、人の声がしたような気がするんだけど……」
「夢でも見てたんじゃないか」
 ハルマースはそう言うと、髪留めを握り締めたまま寝台から立ち上がり、寝室を出て行こうとした。
「どこ行くんだ?」
「……トイレですよ」
 何気ないふりをしてハルマースは部屋から出てトイレに入った。寝台の上で起き上がっているのを見られては、トイレに行くといってその場をごまかすことしかできなかった。
 手に持った髪留めをさりげなく装着して、用を足したフリをして、寝室に戻るとルインフィートはハルマースの寝台に腰をかけていた。
 ハルマースはびくりと身を強張らせて、思わずルインフィートのことを睨みつけてしまった。
「な、なにそのカオ」
 ルインフィートもハルマースに怪訝な顔を向けた。
「あ、いや、なんでも……ちょっと……出が悪くてな」
「あ、そ、そうか、それは大変だな」
 ルインフィートはハルマースの咄嗟の言い訳に納得した様子で、少し頬を染めて彼から視線を逸らした。
「それより、何故俺のところに」
 ハルマースはゆっくりとルインフィートに歩み寄り、彼の隣に腰をかけた。寝台の上に残されていた小箱に、何気ない動作でそっと毛布をかける。少し居心地悪そうに腰を浮かせたルインフィートの肩を掴み、立ち上がろうとするのを阻んだ。
 ルインフィートは頬を染めて、少し気恥ずかしそうにハルマースにもたれかかった。
「側で……寝てもいいかな」
 ハルマースはもたれかかってきたルインフィートの肩にそっと腕を回して、耳元で囁いた。
「構いませんよ……寝られるのなら」
「なにそのエロい言い方」
 ルインフィートは怪訝な表情になりつつも頬を染めて、ハルマースの顔を見つめた。彼のほうも少し恥ずかしかったのか、頬を染めてばつが悪そうにルインフィートから目を逸らした。
「明日は迷宮最下層まで行く予定なんだぞ。ぐっすり寝てそなえておかないと」
 ルインフィートはその場に横になって、ハルマースも横になるようにと彼の上着の裾を引っ張りながら目を閉じた。
 しかしハルマースは神妙な顔つきのまま、ルインフィートの事を見つめていた。
「ハルマース?」
 ルインフィートは目を開けた。ハルマースの顔が直ぐ側に迫って来ている事に気がついたときには、もう口付けをされていた。
「んんっ……」
 突然のことに戸惑いつつも、彼に求められるとルインフィートはまるで力が入らなくなってしまう。歯列の間からするりと舌が入り込んで、中まで貪られる。顔が離された時ルインフィートは、呼吸が乱れて肩で息をしていた。
「だ、ダメ、だって……」
「あなたを危険な目に遭わせる訳には行かない。最下層なんて……行かせるものか」
 ハルマースはそう言い放つと、ルインフィートの夜着の胸元を大きく一気に開いてはだけさせた。激しい口付けのせいでルインフィートの身体は既に熱を帯びており、艶かしく胸板が上下していた。
 彼の身体にうっかり見とれた瞬間に、ハルマースはルインフィートに頭突きをされていた。
「このバカヤロウ! 俺に指図すんな!」
「あ、す、すみませ……」
 ハルマースは我に帰り、額を押さえて大人しく彼の横に横たわった。
 ルインフィートは乱された衣服を元に戻して、一旦彼に背を向けたが、直ぐに身体の向きを変えてハルマースの方に擦り寄った。
 身体を寄せてくるルインフィートにまたハルマースはむらっと来て、身体に手を伸ばしかけたが理性が働いてその手を引っ込めた。
「誘わないで下さい」
「誘ってないよ」
「絶対誘ってる」
 我慢ができずに、ハルマースはルインフィートの腰に腕を回して、下着の中に手を入れて尻を撫でた。見る見るうちにルインフィートの顔が真っ赤に染まり、ハルマースの肩を強く押しのけようとした。
「お前がこんなにむっつりスケベだったなんて!」
「あなたも相当なものですよ」
 ハルマースは手を、ルインフィートの前へと移した。そこは既に主張を始め、勃ちあがりかけていた。
「身体に響かない程度に、可愛がってあげますよ」
 下着の中ですりすりとルインフィートのものを撫でると、彼はハルマースを押しのけようとしていた腕を下に伸ばした。肩を震わせて、ハルマースの手首を掴む。
「駄目だ……離せよ……っ」
「もうこんなに固く大きくなって……ココでやめたら辛いですよ」
 ハルマースは一旦彼の下着から手を引き抜いて、直ぐに一気に下穿きをずり降ろした。
「やめ……! 何す……ッ!」
 ルインフィートは咄嗟に着衣を上げようとしたが、すぐにハルマースが彼の足の間に身体を乗せて阻んだ。ハルマースはそのまま顔を下に降ろして、ルインフィートの晒された性器を手にとって口に含んだ。
「バカッ……! やめろって……あ、ああッ」
 ルインフィートはハルマースの頭をぽんぽんと力の入らない拳で小突いた。しかしハルマースは全く制止を聞かずに、彼のものを強く吸い上げた。舌を絡ませて、喉の奥まで頬張って顔を上下させるとルインフィートはすぐに達してハルマースの口内に精を放った。
 ハルマースはわざとらしくごくりと喉を鳴らし、ルインフィートの精液を飲み干した。
「ごちそうさまでした」
「し、信じられない……!」
 ルインフィートは涙が滲んだ瞳で、ハルマースの顔を睨みつけた。急いで下着を履き直して、衣服の乱れを再び整えた。
 ハルマースは微笑みを浮かべて、ルインフィートの柔らかな金髪を撫でた。
「こんな最低な俺のために危険を冒さなくていいですよ。俺はあなたの側に居れば、元気でいられる……。
 聖なる護符なんて手に入れないほうがいい。そんなもの手に入れたら……災いの元になる」
「ハルマース……?」
 ルインフィートは息を整えながら、ハルマースの穏やかな笑顔を見上げた。今になって急に何を言い出すのかと彼は疑問に思った。
「こびとさ……いや、司祭様が、護符を奪還すれば呪いを解いてくれるって言ったじゃないか。なんでそれが災いの元なんだ」
「……俺は護符をサントアークに持ち帰ると言う任務についている」
「……え?」
 二人の間に、一瞬の沈黙が訪れた。唐突に告白されたハルマースの言葉に戸惑い、ルインフィートは固まったまま動けなくなった。
 ハルマースは俯いたまま、なにか諦めきったような微笑みを浮かべていた。
「俺は今までその任務に、何の疑いも持っていなかった。あなたも……護符を手に入れたら、持ち帰るものだと思っていたから。
 俺のためだったなんて……。話が違うではないか……」
「なんの話だ……?」
 ハルマースの言葉に、ルインフィートは胸の奥でなにかもやもやと嫌なものがくすぶっていくのを感じた。
「お前にそんな任務を与えたのは、あのオヤジか? それともダルか?
 いや、両方……か」
 ルインフィートの問いかけに、ハルマースは黙って頷いた。
 ルインフィートは気を沈めて打ちひしがれているハルマースの身体を、ぎゅっと包み込むように抱きしめた。
「あんまり思いつめるなよ。オヤジの命令なんか無視だ。護符を手に入れたら、聖堂に帰すんだ。持って帰ったって、使えないからな」
「しかし……任務に背くことは……」
「ああもう、お堅いヤツだよお前は。
 ニセモノでも作って持って帰ったらどうだ? 本物持って帰ったって使えないんだから、ニセモノのほうがよっぽど安全だ」
 ルインフィートは真剣に悩んでしまっているハルマースの肩を、励ますようにぽんぽんと叩いた。ハルマースは顔を上げて、ルインフィートの顔をやや呆れたような顔つきで見つめ返した。
「悩んでいるのがアホらしくなって来た」
「なんだよソレ! 俺はお前の気持ちが少しでも軽くなるようにと……!」
「……わかってますよ」
 ハルマースは微笑みを浮かべ、ルインフィートの頭に手を乗せて髪を優しく撫でた。
「俺の心はあなたの中にある。上がなんと言おうと、俺はあなたに従おう」
 ハルマースの気持ちは一つに落ち着いたようで、瞳から迷いの色が消えていた。熱く見つめられてルインフィートは急に照れくさくなり、顔を逸らしてさっさと寝台に横になって上掛けに包まった。
「わ、わかったならほら早く寝るぞ」
「はい」
 ハルマースはくすくすと笑いながら、ルインフィートの直ぐ脇に横になり、彼の身体に腕を回して瞼を閉じた。
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