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再会
 扉の向こうには、とても地下とは思えないような荘厳な雰囲気の部屋が広がっていた。壁面のあちこちに装飾が施され、まばゆいばかりに輝いている。
 床には深紅の絨毯が敷かれており、その先には一際豪華な玉座が置かれていた。
 冒険者達は部屋の中を見回したが、人の気配がなく、誰も見当たらなかった。玉座にも誰も座っておらず、冒険者達は辺りを警戒しながら更に探って回った。
「誰も……いませんね。多忙というのは本当だったのですかね」
 ザハンが玉座を調べながらそう呟いた。
「玉座の裏に、何か仕掛けがあるかも」
 ルインフィートが進み出て、玉座の裏へとまわった。自分の暮らしていた王城にも、玉座の裏に抜け道へと通じる仕掛けがあるのを思い出した。
「あまりうかつな事をしないほうが」
 ハルマースが心配そうな顔をして、ルインフィートの側に寄った。
「やっぱり、あやしげなボタンがある」
 ルインフィートは心なしか嬉しそうな顔で、ハルマースに玉座の裏に隠されていた謎のボタンを指し示した。
「押していいかな」
「まて、もう少し回りを調べてから……」
 ハルマースの返答を待たずに、ルインフィートはボタンを押していた。
 途端に、部屋の中の照明が落ちて、あたりは暗闇に包まれてしまった。同時に、玉座の更に奥まったところの壁が開いて、中から人の姿をしたものが現れた。
 暗闇の中で紅い瞳だけがぎらりと光って、冒険者達を見据えた。
「多忙だという字が読めなかったのか?」
 肺腑に染み渡るような低く響く男の声がした。冒険者達は威圧感を感じて、玉座から離れてそれぞれの手持ちの武器を構えた。
「忙しいところ申し訳ないが、聖なる護符とやらを奪い返しに来た」
 ルインフィートが一歩前に進み出て、玉座の傍らに立つ黒い影をじっと睨みつけた。
「今私は忙しいのだよ。先客がいるのでね。私の用が済むまで、暫くここで待つがよい」
 男はそう言い放つと、玉座の裏に手を伸ばした。部屋には再び明かりが灯されて、男の姿が明るみになった。
 黒い礼服を上品に着こなした、漆黒の髪と蒼白な肌が不気味なほど美しい男だった。
 予想外の迷宮主の行動に、戸惑い呆然とする冒険者達だったが、コテツが一人颯爽と前に進み出た。
「父ちゃん! こんなところで何してるんだよ! 探したぞ!」
 コテツの声に、男は目を見開いた。
「お、お前……コテツか? 大きくなったな、これは驚いた」
 男はコテツに歩み寄り、その身体をぎゅっと抱擁した。突然もたらされた再会劇を、他の冒険者達はただ呆然と見守ることしかできなかった。
 コテツは物凄く嬉しそうに微笑んで、父親に報告した。
「父ちゃん、あいつら俺の友達だぜ! 手厚くもてなしてやってくれよ!」
「ああ、わかった。先客の用が済んだらな。それまでお前が相手をしてやってくれ」
 男……コテツの父親リュウは、息子の頭を優しく撫でた。
「な、なんだか話がおかしな方向に行ってる様な気が……」
 気まずそうに、ルインフィートはハルマースに耳打ちした。ハルマースもどうしていいのかわからないらしく、冷や汗をかいて固まっていた。
 ガーラとつかさもぼんやりとコテツと父親のやり取りを見守っていることしかできなかった。
 しかし、今まで黙っていたザハンが不意に、リュウに一言尋ねた。
「あの、先客というのは、どなたでしょうか」
 そう尋ねるザハンの表情に、いつもの微笑みがなく、やや緊張したように強張っていた。リュウは息子から視線を外し、その紅い瞳をザハンに向けた。
「お前達冒険者は関わらぬほうが良い客人だ」
「ひょっとして……おでこに眼があるおかっぱ頭の女性とかじゃないですよね」
 ザハンの言葉に、リュウは目を見開いて驚きの反応を見せた。
「魔法使いよ、見事だ。何故知っているのだ」
 その言葉に、場の空気が一瞬で張り詰めた。ザハンとガーラと、つかさの三人の表情がみるみるうちに険しくなっていく。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
 急に空気が変わったのを感じたルインフィートは、おろおろしてガーラに尋ねた。ガーラはいつになく険しい表情で、ルインフィートに告げる。
「その女は、ウチの国の『死の賢者』だ」
「な、なんだって」
 その言葉を聞いて、ルインフィートは背筋にぞっと寒いものが走った。彼が感じた恐怖心をハルマースも察知したのか、ルインフィートの身体を護るようにそっと肩を抱き寄せた。
 そんな二人の側にザハンが駆け寄り、二人が見た事も無いような緊迫した表情で忠告した。
「ハルマース君、王子を連れて地上へ戻りなさい。ここは太陽の加護の及ばぬ所。死の賢者は我々が倒すべき敵です。我々でケリをつけます」
 ザハンは二人の肩を掴み、転移の魔法を唱え始めた。
「ま、待ってくださいザハンさん、俺たちも闘いますよ!」
 ルインフィートがザハンの手を振り払い、術をやめさせようとした。しかしザハンは首を横に振り、詠唱を続けた。
 そのあいだに玉座の奥の部屋から、人影が現れた。薄い黒地の服を纏った女だった。その額にはまがましい三番目の瞳がぎらついていた。
「クソッ、ホントに死の賢者レイアだ」
 ガーラが苦々しく呟いた。彼にとってもレイアという賢者は忌々しい存在だった。彼は過去に一度、彼女に襲われて心を邪悪に染められそうになったことがあった。
 ガーラの側に立っているつかさもまた、レイアに殺気剥き出しの視線を投げかけていた。彼がここでこんな冒険者生活を送るようになったのは、レイアに故郷を襲われて帰る場所がなくなってしまったからだった。
 諸悪の根源ともいえる存在が突然目の前に現れて、その場の空気は皮膚が凍りそうになるくらい鋭く張り詰めていた。
 レイアは薄笑いを浮かべた。三つの瞳はつかさとガーラの二人を無視して、まっすぐにルインフィートに向けられた。
「これはいいものが舞い込んできたわね」
 女の瞳を直視してしまった瞬間、ルインフィートの身体に燃えるような激痛が走った。
「うわああああっ……!!」
 体中の傷が疼いて、彼を苛んだ。足元が崩れ落ちて倒れそうになるところを、ハルマースがぎゅっと抱いて支えた。
 ガーラがすっとレイアの前に立ち、両手を前に掲げた。
「闇の空に輝く月の光よ、今ここに満ちよ」
 まばゆい光が部屋の中を強烈に照らした。レイアは目が眩んだのか悲鳴を上げてよろめいた。同時にルインフィートの体の痛みが引いていく。
 しかし直ぐにレイアは立ち直り、ガーラの作り出した光の衣を弾き飛ばした。
 ガーラが時間を稼いでくれたおかげで、ザハンの転移の術は完成した。ルインフィートとハルマースの二人は強制的に、この場から姿を消し去られてしまった。
「小賢しい真似を!」
 レイアは怒りを露にして、その指先をザハンに向けた。呪いの言葉を紡ぎ出し、黒い雲が指先から放たれる。黒い雲は見る見るうちにあたりに広がって、中から次々と怨霊が姿を現した。
「レイアよ、何故出てきたのだ。私との話が済んでいないだろう」
 この部屋の主、リュウがレイアに怯むこともなく歩み寄り、彼女を冷静に非難した。レイアは憎々しい表情を浮かべてリュウを睨みつけた。
「話は後よ。今はこの小憎たらしいザハンの始末をするほうが先だわ」
「礼儀しらずなアバズレめが! 礼節を軽んじるものに話す口は無いわ!」
 レイアの態度と言葉がリュウの逆鱗に触れてしまったらしく、リュウは怒りを露にしてレイアの首筋に噛み付いた。鋭い牙が深々と皮膚を抉り、血が滲み出してきた。
「きゃああ……!」
 突然のリュウの襲撃にレイアは反撃する余裕もなく、生気を吸い取られていく。その隙を突いてザハンが小さなナイフをローブの懐から取り出して、彼女の額を目掛けて投げつけた。
 ナイフはレイアの額の眼に突き刺さった。レイアは一層悲痛な悲鳴を張り上げて、意識を失ってその場に倒れ崩れた。ザハンは倒れたレイアに駆け寄って、その額に刺さったナイフに手を触れる。
「アンドウさん、ナイスアシストありがとうございます」
 ザハンはにこやかにリュウに感謝を述べると、レイアの額の眼を容赦なく抉り取った。
「ひー」
 ガーラは平気な顔でえげつないことをする父親から、顔を背けて目を逸らした。
 今まで黙っていたつかさがザハンに近寄って、怒りに震える声を出した。
「殺せ……早く殺せよ! その女は、俺の父さんを……俺たちの村を……!」
 つかさという男は普段は感情を表に出さない男だった。彼がこんなふうに肩を震わせて怒りに捕らわれる姿を、ガーラは見た事がなかった。
 そんなつかさの怒りの強さを感じたガーラは、彼と一緒になってザハンに訴えた。
「そ、そうだよ、はやく息の根を止めたらいいよ」
 しかしザハンはレイアの身体を抱えたまま、これ以上の危害を加えようとはしなかった。
「レイアさんはこの……邪悪な魔王の眼に囚われていただけなんです。彼女はウチに連れて帰ります」
「ふざけるなよ……生かしておいてたまるかよ!」
 つかさは剣を引き抜いて、切っ先をザハンへと向けた。
「つかさ!」
 ガーラが酷く哀しげな声を出した。つかさが怒る理由はわかりすぎるくらいにわかるが、父親が彼女を庇う理由も、彼はうすうす勘付いていた。
「つかさ、女を斬るのは男のすることじゃねえ。剣を降ろしな」
 コテツがするりとつかさの側に寄って来て、彼をいさめた。つかさは苦虫を噛み潰したような表情で、しぶしぶ剣を降ろして鞘にしまった。
「コテツ……お前はこんなときでも、冷静なんだな。立派だよ。
 俺はいつもお前の背中ばかり見て歩いてるんだよ……」
「じゃ、今度から並んで歩こうぜ」
 コテツは満面の笑みを浮かべて、つかさの肩にがっちりと組み付いた。
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