真実の光
三人は部屋を出て、夜の街を歩いた。聖堂の前に行くと、既に一般市民への開放時間は終わっているようで、扉は固く閉められていた。
しかし番の者に事情を話すと、彼らはあっさりと中へ入ることを許可された。一昨日通った廊下を歩いていくと、最高司祭の小さな姿が、彼らが来るのを待ち構えていた。
「おお、よくやってくれたの、お若いの」
最高司祭はとても嬉しそうに、三人を出迎えた。白髭の中の顔は笑顔で一杯だった。
ルインフィートは護符を、司祭に手渡した。今後これがまた奪われるかもしれないことを思うと、少々罪悪感を感じたが、今はコテツとその父親に感謝するしかなかった。
司祭は護符の袋の口から中をじっくり観察し、その護符の真偽を確認した。
「たしかに、間違いなく聖なる護符じゃ。これでわしらもようやく力を取り戻すことができる」
「お役に立てて、光栄です」
三人は揃って司祭に敬礼した。司祭はより一層白髭を膨らませて、ほっほっと機嫌よく笑っていた。
「さて、じゃあ、お前達に礼をせねばならぬ。それぞれに護符の恩恵を授けようではないか。
まずはそこの金髪のお前さん、こちらへ来るが良い」
司祭の言葉に、ルインフィートはきょとんとなった。護符の恩恵が必要なのは、ハルマース一人だけで十分だと思っていたからだ。
「俺は何もしてもらわなくていいです。こいつの呪いさえ解いて貰えれば……」
「友達想いの優しい子じゃの。お前さんは明るく振舞っているが、今まで相当傷ついてきたじゃろう。この中で最も癒しが必要なのは、お前さんじゃないかね」
「そんな、俺は別に……」
なんとなく照れくさくて、彼は口ごもりながらハルマースの顔を見上げた。ハルマースは穏やかな笑みを浮かべて、ルインフィートの背中をそっと押した。
ルインフィートは促されるまま司祭の後に付き、祭壇の前に立った。司祭はそのまま祭壇の奥まで足を進めて、袋から護符を取り出して急いで壁の窪みにはめ込み、祈りの言葉をつむいだ。
すると祭壇の壁面の手前に置かれていた「真実を映し出す鏡」が光りだし、ルインフィートの身体をまっすぐに照らし出した。
「うわっ……まぶし……!」
光の中で、目を凝らして鏡の中を見ると、そこには裸の自分の姿が映っていた。不思議と身体が軽くなる感じがして、髪がふわりと宙に広がった。
身体全体が清々しい空気に包まれて、憑き物が取れていくような感覚と共に、彼の身体に縦横無尽に走っていた傷跡がすーっと溶け込むように消えていった。
やがて光が途切れて風が止むと、鏡の中にはいつもと同じルインフィートが映っていた。
「何が起こった?」
ハルマースが心配そうに、ルインフィートに近づいた。ルインフィートはほんの少し放心して呆けていたが、すぐに気を取り直してハルマースに駆け寄った。
「す、凄いよ! 全然消えなかった俺の傷が……」
ルインフィートは物凄く嬉しそうに目を輝かせて、腕をまくって見せた。そこには先ほど鏡で見たような、つるつるですべすべの傷跡一つ無い素肌が広がっていた。
「これは凄い……」
ハルマースはルインフィートの手を取って、その素肌をまじまじと見つめた。自然と笑顔がほころんで、その肌の感触を頬で確めようとしてしまい慌てて手を離す。
しかし、傍らのガーラは何故か少し不服そうな顔をしていた。
「あの傷跡がエロくて良かったのに……」
「何?」
ガーラの呟きを、二人は聞こえないふりをしてやり過ごした。
「次は、お前さんが来るが良い」
司祭は次に、ハルマースを呼んだ。ハルマースは緊張した顔つきで祭壇の前に立って、鏡の中を覗きこんだ。鏡は相変わらず、彼の姿を映さなかった。
司祭が祈りの言葉を紡いだとき、鏡が先ほどのように光りだし、ハルマースの身体を照らした。しかし、鏡のなかには彼の姿は映らず、別の場所を映し出していた。
司祭は言った。
「お前に呪いをかけた物の姿を映し出し、その者に呪いの力をお返しするのじゃ」
「ここは……」
映された場所を見て、ハルマースは表情を曇らせた。そこは、サントアークを守護しているはずの、太陽神の神殿だった。鏡は更に中の様子を詳細に映し出し、一人の高僧に焦点をあわせていた。
「この人は……俺の治療をしてくれていたはずの……」
「残念じゃが、そいつがお前さんに呪いをかけたというわけじゃ」
司祭が更に祈りの言葉を紡ぐと、鏡は輝きを帯びて、表面から光が解き放たれた。光はハルマースの身体を包み込んで、その身に纏わりついていた闇の呪術を引き剥がし、鏡の中へと消えていった。
呪術を吸収した鏡の中では、神殿の異変が映されていた。高僧の身体から黒い炎が燃え上がり、彼はそのままのた打ち回って黒コゲになって絶命した。
ハルマースは鏡の前から動けなくなった。
「そんな……バカな!」
自らを呪ったのは、信頼していた高僧だった……それはハルマースにとって、耐え難い事実だった。太陽神に仕えるものが何故このような暗黒に通じる呪術を使うのか。考えればすぐに答えは出てきたが、あえて考えたくない問題だった。
「どうしたんだ、ハルマース」
彼を心配して、ルインフィートが近づいた。ハルマースは我に帰って、ルインフィートを引き寄せてその身体に抱きついた。
「な、なんだよいきなり」
「あなたのおかげで俺の身体は呪いから開放されました。どう感謝すればよいのか…」
「おいおい、俺のおかげだろ!」
ガーラが面白くなさそうに彼らを睨みつけた。言われて見れば全くその通りなので、二人は反論できずに苦笑いをしてしまった。
司祭はそんな三人のやり取りに微笑ましく目を細めながら、ガーラを手招きした。
「そこのお前さんも、護符の恩恵を受けるが良い」
「いや……俺はいいよ。魔族の俺がこんな光くらったら、かえって身体に悪いんじゃないか」
ガーラは軽く首を横に振って、司祭の側に近づこうとはしなかった。司祭は目を真ん丸くして、ガーラを見つめた。
「お前さん、魔族なのかえ」
「まあ、一応」
「それはいかんのう……残念じゃが恩恵は受けられん……」
司祭はガーラに、申し訳なさそうに頭を下げた。
恩恵を授けることができない代わりに、最高司祭はガーラに、この聖堂における特別な地位と名誉勲章を授かることとなった。
「宗派が違うんだけど……」
ガーラは少々対応に困ったが、とりあえずそれらを受け取ることにした。
そしてこの護符の奪還に携わった者達をワートの名誉市民とし、議会への参加も許されることになった。
司祭は明日、三人を祝祭に招きたいと申し出たが、三人ともあまり堂々と世間の目には晒されたくない事情を抱えていたので、司祭の誘いを断らざるを得なかった。
特にルインフィートとハルマースは、偽名を使い素性を隠してこの地に居るので、名誉市民の権利も辞退することとなった。
護符を取り戻したものたちは、欲が無く謙虚で聖人の様な冒険者達だったと、この国の歴史に刻まれることとなった。
三人が聖堂を後にした頃には、すっかり深夜の時刻となっていた。慌しい一日だったので、三人とも疲労を訴え、まっすぐにそれぞれの部屋に帰った。
部屋に戻るなり、ルインフィートはハルマースに飛びつくような勢いで抱きついた。
「よかった……ハルマース! これでお前も健康になれたんだな」
「今の所あんまり実感がないんだが……そのようです」
ハルマースは少し苦笑いをした。ルインフィートの身体を抱きしめ返して、彼の髪をそっと撫で上げる。
ルインフィートは心地良さそうに目を細めて、彼の胸に顔を寄せた。
「そろそろ……帰らなきゃ、だな……」
そう呟いた彼の声には、寂しさが込められていた。旅の目的を果たしたと言う事は、その旅はもう終わると言う事を意味していた。
「帰ったら、もうこうして……一緒に居られなくなっちゃうんだよな……」
ルインフィートの声が寂しげに響いた。国へ帰れば、また元の生活に戻らなければならない。ルインフィートは自分が戻ったとき、一切の自由がきかなくなることを覚悟していた。
ハルマースに会う事は可能でも、こうして夜も一緒に過ごすと言う事はできなくなってしまうだろう。
ハルマースは不安を滲ませるルインフィートを励ますかのように、そっと肩に手を置いて、穏やかな微笑みを見せた。
「そんなに想って頂けるなんて、俺はホントに幸せ者です」
顔を寄せて、そっと口付けをした。ルインフィートの不安げな表情が少し和らいだが、彼はまた直ぐに表情を曇らせてしまった。
「ずっと一緒に、居たいよ……。俺は何であの国の王子として生まれてきたんだろう。自分の国の法律が憎い……」
サントアークでは同性愛は禁じられている。同性愛者は不潔なものとして認識され、その程度によっては投獄もされてしまう。
しかし、不安に揺れるルインフィートの瞳とは対照的に、ハルマースは何かを決意したような引き締まった表情をしていた。
「今の国家の教えは、神の教えと同等のものです。しかし、その神の教えを説く者の中に、よからぬものが潜んでいる……。
俺に呪いをかけたのは、教会の高僧でした。何故かはわかりませんが、一つ判ったことは……彼らは必ずしも善ではないと言う事です。
俺はこのことを父上に報告します。教会を潰して法律を変えてしまえばいいんですよ」
ハルマースの言葉に、ルインフィートは目を丸くして固まってしまった。
「ハルマース……怖いこと言うなよ……。争いごとは嫌だよ」
「勿論、表立って行動はしませんよ。自滅に導く方法を探るのです」
物凄く真面目な表情で、ハルマースは言う。ルインフィートは少し呆れてため息を漏らした。
「お前、ダルに似てきたな。そういうところも……俺は好きだよ。頼りにしてるよ、未来の将軍様」
「光栄です。……私の君主様」
ハルマースは彼の前に跪いて、手を取ってその甲にそっと口付けをした。
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