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お迎え
 ハルマースは次の日、ザハンを通じて父ダルマースに、これまでの出来事を正直に綴った報告書を送った。護符を持ち帰ることはできないと言う事と、自分の呪いのことについてもあまさず報告した。
 ダルマースからの返事は直ぐに届いた。そこには「ここの教会はクソだ」と書かれていた。
 また、近々サントアークからワートを繋ぐ海路が無事に開通するという。陸のルイムを通って帰るのは大変なので、船が来るまで待つようにと命じられた。
 ワートの地下迷宮は一時的に封鎖されたが、また一般に開放されるようになった。何故なら、護符がまた奪われてしまったからだった。迷宮を閉じられて困っていた冒険者達は喜んだが、聖堂の司祭たちは頭を悩ませて落ち込んでしまっていた。
 船が到着するまでの間、ハルマースは何度かレイアに話を聞きに行っていた。彼女は、全てを知っていた。
 サントアークの教会が、力を国家に轟かせるために彼女に接触し、その力を利用していた。二十年前のサントアークの流行り病も、病を自らばら撒いて収束させ、その力を見せ付けようとした教会による自作自演だったという。
 エルザールの力を恐れていた反体制の連中も教会の思惑に乗っかり、国家に仇なす邪宗の手先として暗躍し始めた。
 そしてハルマースは、父親の正体もレイアに聞かされた。彼がルイム出身で、レイアの部下だったことも……。
 不思議と驚きもなく、ハルマースはその事実をすんなりと受け入れた。自分の魔力がルイム人の血によるものであると言う事を、常日頃彼は感じていたのだ。
 真実を知った彼は、なにかが吹っ切れてしまったようで、自分に素直に行動するようになった。表情も以前より豊かになり、行動も大胆になった。
 父親ダルマースに似てきたハルマースに、ルインフィートはますます虜になった。このまま船なんか来ないで、ずっと一緒に居られたらいいのにと強く願っていた。
 しかし、護符の奪還から一月もしないうちに、船は到着してしまった。王子を迎えにワートまで来たのは、弟王子のリーディガルだった。
 リーディガルは他に二名の騎士を引き連れて、港町からワートの中心街まで来たが、初めて踏む異国の土地に目移りしてしまい、あちこち勝手にうろうろした挙句、とうとう連れの騎士とはぐれてしまった。


 ワートの名誉市民という肩書きを貰ってしまったガーラは、ルイムの王位継承を弟ジュネの配偶者に譲り、この地の自警団に勤めるようになっていた。他の兄弟はどうあれ、ガーラはルイムの第一王子という身分を捨て、父と共にこの地にとどまる事を心に決めていた。
 いずれは月の神の神殿をここに建てて、そこを拠点に布教活動を行うようにと大神官である母に命じられていた。
 ある日の午後、陽が傾きかけている時刻に、ガーラは町外れの路地を歩いていた。自警団の詰め所から、自宅に戻る途中だった。
 公園の前を通りかかったところで、一人の黒髪の青年が柄の悪い冒険者に絡まれているのを目撃した。青年は戦士風の男に腕をつかまれて、強引にどこかへ連れて行かれそうになっていた。
「離してください! 僕はそんなんじゃありません!」
 黒髪の青年は何かを訴え、冒険者の手から逃れようともがいていた。しかし冒険者は彼の手を離さずに、より一層強く引き込もうとする。
 ガーラは一瞬で状況を理解した。この公園は……売春の客待ちによく利用されている所だった。
 青年の風貌はどう見ても冒険者風ではなく、綺麗な装飾の施された上等の服を身に纏っていた。冒険者は彼を客待ちと勘違いしたのだろう。
 しかし嫌がる青年を無理矢理連れて行こうとしているところを見ると、彼の身の上など考慮しないで宿に連れ込んで、彼を「食って」しまうつもりなのだろう。
「仲間とはぐれて困ってるんだろう? 手を貸してやるから、その前金を身体で払ってもらうよ」
「嫌だ、離してください!」
 強い力で引っ張られ、青年はよろめいて冒険者の胸にもたれかかってしまった。冒険者はいやらしい笑みを浮かべて、華奢な青年の腰に腕を回した。
「待てよ、嫌がってるじゃないか。離してやれ」
 なんとなく気分が悪くなって、ガーラは冒険者に声をかけた。冒険者はガーラの胸についている名誉市民の勲章を目にすると、ばつが悪そうに舌打ちをして青年をあっさりと解放した。
 ガーラはにやりと含み笑いをした。
「ものわかりがいいじゃないか、お兄さん」
「あんたに睨まれたら、この街に居られなくなるんでね」
 冒険者も、ガーラに意味ありげな笑みを見せて、その場を大人しく去っていった。
 冒険者が去ると、黒髪の青年はその瞳に涙を一杯に浮かべて、ガーラの顔を見上げた。
「あ……ありがとうございます。助けていただいて……。その勲章、あなたはこの街の警備の方でらっしゃいますか?」
 改めて青年の顔を近くで見て、ガーラは異様に既視感を覚えた。髪こそ黒いものの、その大きな蒼い瞳は、彼の良く知っている人物のものにそっくりだった。
 そして、記憶がおぼえろげなものの、ガーラは彼のことを知っていた。その顔を見て、前に一度、会っていると言う事を思い出したのだ。
「ま、まあ、一応警備みたいなことをさせてもらっているよ。で、君はここで何をしていたんだ?」
 ガーラが質問をすると、青年は俯いて恥じるように頬を染めた。
「仲間とはぐれて……道に迷ってしまったんです……」
 ガーラはふふっと笑って、青年の頭を優しく撫でた。
「久しぶりだね、リーディガル君。兄さんを迎えに来たんだね」
「……えっ!?」
 青年……リーディガルはいきなり名前を言い当てられて、大きな瞳をさらに見開いてガーラの顔をじっと見つめた。彼の魔力を帯びた碧の瞳に捕らえられ、心の中をかき乱されるような感覚に襲われる。
 リーディガルは胸騒ぎと共に、そう遠くない昔に王城にルイムの王族が訪れたことを思い出した。
「あ……あなたは……」
「思い出してくれたかい?」
 ガーラは小柄なリーディガルに目線を合わせて、優雅に微笑んだ。銀色の髪が夕陽に透けて、緋色に染まってふわりと揺れていた。
「ガーラ……さま」
 すっかり見とれて呆けた声で、リーディガルは呟いた。ガーラはくすりと笑って、戸惑い固まっているリーディガルの手をそっと握った。
「君の兄様の住んでいる所を知っている。一緒に行ってあげるよ」
「あ、あ、あああありがとうございます」
 思わぬ急な展開にしどろもどろになりながら、リーディガルはガーラにすがりつくようにして後をついて歩いた。

 二人はそのまま特に会話もなく歩いて、ルインフィート達の借りている部屋の扉の前までたどり着いた。しかし、呼び鈴を鳴らしても応答がなく、彼らは留守にしているようだった。
 ガーラは行き先を変えて、良く行く酒場へと足を運んだ。すると丁度酒場の出入り口から、二人が肩を並べて出てくるところに鉢合わせた。
「おい、いよいよお迎えが来たみたいだぞ」
 ガーラは二人に近づき、声をかけた。ルインフィートはきょとんとして、ガーラの傍らに立つ人物に目を向けた。
「ウッ!」
 リーディガルの姿を確認すると、途端にルインフィートは青ざめてぎくりと肩を震わせて、一目散にその場から走って逃げ出した。
「ちょっ……待て! おいコラ! お前もボケッとしてないで追えよ!」
 慌ててガーラはハルマースに向かって叫んだ。ハルマースはやれやれといった様子で、苦笑いを浮かべながら彼の後を追った。
 リーディガルも二人の後をついて、ルインフィートを追った。
「にいさまー! なんで逃げるんですか!
 ……うわあっ!」
 リーディガルは長い外套を着ていた。裾が足にもつれて、彼は前につんのめってころんでしまった。
「だ、大丈夫かい!?」
 物凄い勢いで転んでしまったリーディガルに、ガーラは駆け寄ってその身体を抱え起こしてやった。リーディガルは膝を抱えて、ぐずぐずと半べそをかいていた。
 あまりにも不憫で、いたたまれなくなってガーラは直ぐに彼に回復の術を施してやった。
「はるばる迎えに来たのに逃げるなんて、酷い兄貴だな……」
「僕、兄さまに嫌われてるんです……。嫌われるようなこと、しちゃったんです……。
 謝らなきゃって、ずっと思ってたのに……兄さまはもう僕と口を利いてくれなく……」
 そこまで言って、リーディガルは人目も憚らずにガーラに縋って泣きじゃくり始めてしまった。
 道を通る人々の視線が、熱くガーラに突き刺さった。周りの人々には、ガーラがリーディガルを泣かしたように映っていた。
「ま、待て、とりあえず立ってくれ。酷い兄さんだな。必ずとっ捕まえて犯し……いや、お仕置きしてあげるから」
 ガーラはリーディガルの身体を支えて、立ち上がらせた。道の先から、ハルマースがルインフィートの上着の襟を掴んで、引き摺るようにこちらに向かって歩いてきた。
「お前も奴と一緒に逃げたのかと思った」
「流石にそれはできない。さあ王子、観念してください。リーディガル様が気の毒です」
 ハルマースはいつもの真面目くさった表情で、ルインフィートを無理矢理リーディガルの前に突き出した。リーディガルは涙で濡れた顔で、ルインフィートのことを見上げた。
 ルインフィートは戸惑いがちにリーディガルの肩を抱き、その黒髪を優しく撫でた。
「リー……ごめんね。君に合わせる顔がなくて、つい逃げてしまった」
「兄さま……兄さまー!」
 リーディガルはルインフィートに強く抱きついて、胸に顔を埋めて、しばらく離れようとしなかった。
 リーディガルの気の済むまで抱擁をさせた後、四人は警備団の詰め所へと向かった。リーディガルとはぐれた騎士が、きっとそこに捜索願を出しているに違いないだろうと、ガーラが予測した。
 詰め所の前に行くと、予想通りに騎士が二人で蒼い顔をして警備団員に話しかけていた。

 リーディガルを連れの騎士に預けた後、ルインフィートとハルマースの二人は自室へと戻った。船は三日ほど停泊して、サントアークに戻るという。
 それまでに身辺の整理をして、帰り支度を整えなければならなかった。 「本当に、帰るのか……。まだ俺、心の準備が……。
 なあ、一緒に逃げ」
「ダメですよ」
 言い終わらないうちに、ハルマースに言葉を遮られた。ルインフィートは拗ねてしまい、帰り支度を何も手伝わずにそのまま寝台に横になってしまった。
 ハルマースはため息をついて、そのまま黙って荷物をまとめた。ある程度片付けた後、彼はふて寝しているルインフィートの寝台に上がり、彼の上に跨った。
「ご機嫌を治してください」
 しかしルインフィートはハルマースから顔を背けたまま、返事もしなかった。そんな彼を見て、ハルマースは目を細めて口元に笑みを浮かべた。
 彼はそのまま顔をルインフィートに近づけて、耳たぶを優しく噛んだ。
「ぎゃっ!」
 ルインフィートは物凄い勢いで肌を粟立たせて、身体を震わせた。急いで身体の向きを変えて、仰向けになって耳を押さえた。
「み、耳はやめてくれよ!」
 顔を真っ赤にして、ハルマースに訴えた。ハルマースは声を出して笑ってしまい、ルインフィートをますます怒らせてしまった。
「耳が嫌なら、ここはどうですか?」
 ハルマースはルインフィートの衣服の胸元を大きく開き、その素肌に手を這わせた。彼は再び顔を落として、ルインフィートの首筋を舐め上げた。
「うわあ……ダメだっ……」
 ルインフィートの身体がびくりと震えた。全身が総毛立つような感覚に襲われる。身体の力が抜けて、抵抗することもままならない。
「あなたは首筋が、弱いんでしたね」
 耳元で囁かれたその声にも、身体がぞくりと反応してしまった。
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