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喧嘩上等王子様
 家出中のサントアークの王子様ルインフィート(偽名、エストファール)はえらく不機嫌そうに引きつった顔をしながら一人午後の町外れを歩いていた。いつも彼に連れ添っている騎士のハルマース(偽名、マディオラ)の姿はここには見えない。それというのも、ルインは今しがた彼と喧嘩をして家を飛び出してきたのである。
 喧嘩の原因はハルマースにあるといえばそうなのかもしれない。
 彼が三時のオヤツにとケーキを作って食べさせたのが事の始まりである。よりにもよってハルマースはルインの大嫌いなピーマンや人参を粉状にして小麦粉に混ぜてケーキを焼いたのだ。
 それとは知らずにおいしく食べてしまったルインはハルマースが生ゴミを片付ける際に野菜のゴミを見てしまったのである。
 ――そういえば今日のケーキはやけにカラフルだった……!!
 ルインに戦慄が走った。
 ルインにとって、見るのも嫌なニンジンやピーマンをよりにもよって胃袋に納めてしまったのである。
「だまされた……!!!!!」
 ルインは激しくハルマースを問い詰めた。いったいなんの真似だと。この俺を騙すなどという行為が許されると思っているのかとルインは怒りを露にして、家を飛び出したのである。
 ハルマースのなんとかして好き嫌いをなくして欲しいと願っての行動は、まったくわかってもらえなかったのである。

 ルインはしばらくあてもなくぶらぶらと歩いていた。誰かに会ってこの怒りを聞いてもらいたいという心境につき動かされていた。
 ふとルイム家にでも行こうかという気持ちになったが、またガーラに性的な、かつ悪質ないたずらをされるのが関の山である。
 方向を変え、裏通りをさらに進んでいくと、とある寂れた古い共同貸し間にたどりついた。
 その庭の物干し竿には、何やら一面に細長い布切れが干されていた。
 傍らには黒髪長髪の、和装の小柄な青年が小さな椅子に腰掛けて湯飲み茶碗を手にお茶をすすって和んでいた。ルインはおそるおそる、彼に声をかけた。
「な……何してんの……コテツ君……」
 声をかけられて、小柄な青年は満面の笑みを浮かべてルインに答えを返した。
「なにって……ハチマキ干してるのさ!!」
 ハチマキとは彼がいつも頭に巻いているものらしい。一体何本持っているのだろうか、ニメートルはあるのではないかという物干し竿三本に、それぞれ隙間なくその布切れが干されている。
 脇からコテツの連れの茶髪の青年がが現れて、その布切れを取り込み出した。コテツは依然座ったまま、お茶をすすっていた。
 つかさに家事をやらせているのか……ルインは自分の物なんだから自分で片付けろよと言いそうになったが、人のことは言えない。自分もなにもかもハルマースにやらせている身分である。
 あれこれ複雑な思いでその光景を見ていると、ルインは不意にコテツに話しかけられた。
「お前、暇そうだなぁ〜」
「コ……コテツ君だって暇そうじゃないかっ!!」
 なんとなくカチンと来てルインは声をあらげてしまったが、コテツは素直に「うん、暇」と即答した。
 洗濯ものを取り込んでいるつかさには何故かルインが思いきり睨まれてしまったが、コテツはルインの肩に手をかけると勝手に話を進めはじめた。
「せっかくのお客さんだ!! 何かもてなす物を買ってこないとな!」
 満面の微笑みに、「ただ通りすがっただけ」とは言えずに、ルインは固まってしまった。
 彼とは地下迷宮探索の時に手を借りたり貸したりする仲だったが、どうにもとらえどころのない性格をしているようで、ルインは少し苦手だった。
「待ってな、すぐ戻ってくるからよ!!
 つかさ、そいつを部屋にあげてやれ!!」
 そう言い放つと青年は突風のように走り去ってしまった。
 ルインは彼の連れ、つかさという男と二人きりになってしまった。こっちのほうはえらく無口で、愛想がなくぶっきらぼうなのでコテツよりも更に苦手な人物であった。
 彼はえらく不機嫌そうに、いやルインの目にはいつも不機嫌そうに見えるのだが、一杯にハチマキを詰めた篭を手にして、「来いよ」とルインを部屋の中へと促した。

 中に入り、座布団も出してもらえずにルインは畳にぺたりと座り込んだ。
 つかさは話すことは何もないとばかりに、ルインにそっぽをむいたまま黙々と洗濯ものをたたんでいる。
 ルインにとって沈黙は重く苦しい物で、苦手であった。なんとかしてこの暗い奴とでも話をしていたい……当初のハルマースとの喧嘩のことなどはすっかり忘れている。
 何か話題はない物かと思案にくれていたが、ふと、ルインに一つの疑問が頭をかすめた。
 こいつらっていったいどういう関係なんだろう……。おそるおそる、ルインはつかさに問いかけた。
「な……なあ……」
「…………何だ…………?」
 偉くテンションの低い張りのない声が返ってきた。しかしルインはめげずに、話を進めた。
「あんたコテツ君のこと好きだろう」
 その言葉につかさははっとなったらしく、見る見る内に顔が朱に染まっていった。とてもわかりやすい反応だ。
「…………」
 無言のまますごい形相で睨まれたが、ルインはにやにやと緩む頬の筋肉を引き締めることが出来なかった。
「なんだよー、もう出来てるかと思ってたぜ?
 ぱふぱふとかもぞもぞとかへろへろとかしてるんじゃないのか?」
「げ……下品な奴だ……」
 つかさはうつむいて、吐き捨てるように言うと乱暴に洗濯ものをたたみはじめた。
 ルインは勝った、と訳のわからない優越感に浸っていたが、それは束の間のことであった。
「お前はどうなんだ。いつもの連れはどうした?」
 そう言われて、ルインはにやけ面のまま固まってしまった。そしてここに来てしまった原因を思い出してしまう。
「あんなヤツ知るか!!」
 ぷんっと、ルインは鼻息を荒くした。その様子を見てつかさはフンッと鼻で彼を嘲笑った。
「なんだ、倦怠期か?」
 無表情でつかさは言う。
 なんだかとても陰湿なひやかしの言葉を吐かれたようで、ルインは急に訳のわからない敗北感に苛まれた。
 嫌な野郎だぜとルインは彼に話しかけたことを後悔した。
 それからしばらく沈黙が続きルインは重苦しい空気に押し潰されそうになった。
 変なやつだが早くコテツ君に帰ってきて欲しいと、それだけを願うばかりだった。
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