囁く罠
ルインフィートの期待とは裏腹に、ガーラの家族は寝てしまっていた。ローネも今は夢の中だと思うと、少し損をしたような気分に陥った。とりあえず、様子がおかしいガーラの側にいてくださいと、ザハンに頼まれてきてみたものの、いったい何をしてやれば、どんな言葉をかけてやればいいかわからない。ルインフィートはただ黙ってガーラの後をついていった。彼の部屋の前まで来たところで、家に着いて初めてガーラが言葉を発する。
「俺、ひと風呂浴びてくるけど、お前は?」
お前は? ときかれても、既に入浴は済ませている。それに、一緒に入って背中を流してやるという気分にもならなかった。ルインフィートは極端に人に肌を見せることを嫌っていた。どんなに暑くても必ず長袖の、ある程度首も隠れる服を着ていた。
「お前の部屋で待ってるよ」
でも、待って何をしていればいいのだろう。ルインフィートはそう思ったが、側にいるだけでガーラがいつもの平穏で優しいガーラに戻るなら、それでいいと思った。
ルインフィートはガーラの部屋の扉を開けた。すると、部屋の中から不思議な香りが漂い、彼の鼻を刺激した。
「なんだ……この香り……」
部屋のすみにぼんやりとローソクの火がともっている。男のくせに香をたいているのかと思ったが、それはそれでガーラらしいやと思わず微笑みをこぼした。心が落ち着くような安らかな香りだった。安らかすぎてルインフィートは眠気をもよおし、いつのまにか眠ってしまっていた。
小一時間ほど眠ってしまったのだろうか、ルインフィートはふと寒さを感じ目を覚ました。いつのまにかガーラの部屋の寝台の上に、横たわっていた。
「う……なんだ……俺、寝ちまっ……」
「やあ、お目覚めかい?」
ガーラのやさしげな声が耳に届く。慌てて起き上がろうとした瞬間、ルインフィートは凍り付いた。
身体が動かない。いつのまにか両腕を後ろ手にきつく縛られていて、無理に動かそうとして腕が軋んだ。引きつるような痛みがルインフィートの身体を駆け巡る。
そして、肌寒さを感じたのは、いつのまにか衣服を全て剥ぎ取られていたからだった。上着も、下着も、何もかも脱ぎ捨てられ、一糸纏わぬ姿で寝台の上に横たわらせられていたのだ。
ルインフィートは焦った。頭の中が真っ白に染まり、悪い夢でも見ているんじゃないかと思いたかった。
――これは一体何の罠だ。
現実を受け止めて、心を決めると、腹筋を使って体を起こした。ガーラは静かに、ルインフィートの前に座っていた。
目の前のガーラは、笑っていた。
ひどく冷たい瞳をして。
「ガーラ!! これは一体なんのつもりだ!」
たまらずルインフィートはガーラに大声で抗議した。しかしガーラは不敵に笑うだけだった。
「この部屋の隣は、妹の部屋なんだ。あんまり大きな声で騒ぐと……起きてこっちに様子を見に来ちゃうよ」
そう告げられると、ルインフィートは血の気が一瞬にしてひいてしまった。今自分は全裸で縛られている。こんなみっともない姿を、女の子に見せられるはずがない。
ガーラは動けないルインフィートを、寝台に押し倒した。首筋に顔を寄せて、耳もとにしっとりと囁いた。
「お前って、童顔のクセにいやらしい身体してるよな……」
鍛え上げられた滑らかな筋肉が、美しく隆起していた。そしてそのしなやかで強靭な身体には、幾筋もの傷跡が走っている。
ルインフィートがサントアークに居た頃に、何者かに襲われて受けたという傷が、消えずにいつまでも残っているのだ。
「なっ……!? お前何言ってんだよ!!」
反射的にルインフィートは叫んでしまった。彼は本能的に貞操の危機を感じた。
ガーラの手が、ルインフィートの胸をなぞり、乳首を摘み上げた。
「遊ぼうぜ、エスト……いや、ルインフィート王子様」
「や、やめろ……っ」
――俺はガーラに犯られるのか?
ルインフィートの頭の中は混乱していた。彼の国の文化では、同性愛は犯罪だった。汚らわしい行為として、重い罰が課せられているのだ。ぐるぐる混乱しているうちにも、ガーラはルインフィートの身体を弄び始めている。くすぐったい手を退けようと体を動かすと、縛られた手首に激痛が走る。
ガーラの手は何のためらいもなく、ルインフィートの薄桃色の性器を捕らえた。しっとりと握られて、慣れた手つきで扱かれる。かつて感じたことの無い快感が、ルインフィートの背筋を駆け抜けた。
「あ、や……やめ……」
ガーラの掌中で淫らな膨張を始める己自身を、ルインフィートは驚きを隠せぬ表情で眺めていた。後ろ手に縛られた両腕が軋んだが、痛みを訴えていたことなどすでに念頭から消え去っている。両膝が胸に付きそうなまでに折り曲げられ、足首をつかまれて、固定するように割開かれた。仰向けに横たわる不自由な身体、束縛された精神の中で、ルインフィートは己の裏切りの証を目の当たりにしたのだった。
「硬くなってきたよ、感じてるんだ……」
いとも楽しそうに、ガーラがルインフィートの耳元にささやきかける。気紛れで手にした新しい玩具に、興味が湧き出した……そんな響きが含まれていた。
「く……っ、ちくしょ……」
悔しげにガーラを睨むルインフィートの瞳に艶やかな涙が滲み、威嚇するどころか逆にガーラを煽り立てる。
「まだ使った事、なかったんだ?
……綺麗な色をしているね……」
ガーラはルインフィートの性器を扱くのをやめて、彼の太腿を両腕で掴んだ。大きく股を広げさせて、彼の股間の猛り勃っているものを、じっくりと絡みつくように眺めた。
「見てごらん、どくどくと脈打って、いまにも噴き出しそうだ。袋の張りも綺麗だね。ずっしりとしていて、随分たまっているみたいだ」
ガーラはうっとりと、悦に入ったようなため息を漏らした。再びルインフィートの性器に手を伸ばすと、顔を近づけてぺろりと彼の先端を舐めた。
「……からっぽになるまで、俺が搾り出してやるよ、ルイン」
「へ、ヘンタイ……ッ」
ルインフィートの無防備な性器が、ガーラの口内に咥えられた。どこで覚えたというのだろう、巧みな舌づかいで、一気にルインフィートは快楽の渦へと引きずり込まれた。
いやらしい湿った音が、部屋の中に響く。ガーラの手はルインフィートの胸に伸ばされて、指先が執拗に乳首を嬲り始めた。摘ままれ、揉みしだかれた乳首は熱く、固く勃ち上がり主張して、意志と反してガーラの指を歓迎した。
「い、嫌……あ、ああ……ッ」
羞恥心と怒りがルインフィートのなかで渦巻くが、身体の方がすっかりガーラの愛撫を求めている。発する声がもう、声にならない。
達しそうになったときに、ガーラの顔が彼から離れた。しかし、彼の手はすぐにまた、濡れて張り詰めている薄桃色の性器を包み込んだ。狙い澄ましたように、縊れた部分だけ指で押さえつけるように締めつける。敏感な部分が刺激を受け、先端に透明な雫が滲み出ていた。それはルインフィートが初めて流す、快楽の涙だった。
「イきたい?」
そう言って微笑むガーラの顔を、ルインフィートは直視することができなかった。顔を背けて、ぎりリと強く奥歯を噛んで目を閉じる。
その瞬間、ガーラの指がルインフィートの先端を強く抉った。
「ああーッ!」
ルインフィートは悲鳴に近い声を上げた。しかしガーラは容赦せずに、再びルインフィートの性器を扱き始めた。白く濁りどろりとした液体が、先端から勢い良く溢れ出した。
「いや……やだ……ああ……ッ!」
「はは……凄いね、濃いのがどんどん溢れてくるよ。こっちの世話まではしてくれないのか、アイツは」
からかうようなガーラの声が、ルインフィートの心に突き刺さった。抑えきれずに、瞳から涙が溢れ出した。
「サイテーだ……お前……」
わけのわからない悔しさに身を焦がして、ルインフィートは震えながらガーラを睨みつけた。ガーラはルインフィートのその視線を、冷ややかな微笑みで受け流した。
「楽しいのはまだまだこれからだよ……」
ガーラはルインフィートが放った白濁を、指で拭った。その白濁に濡れた指は、ルインフィートの性器の更に下……肛門へと伸ばされた。ガーラがわざとらしく、窄まりを指でつつく。
「う、うそ……そんなところ……」
ルインフィートの身体は一気に強張り、引きつった。ガーラはうっとりと微笑んで、中指を彼の中へと滑り込ませた。
「し、信じられな……あうっ……!」
間を置かずに、人差し指も挿入される。ガーラは二本の指を容赦なく突き入れて、内部を抉るように掻きまわした。肉壁が彼の指に絡んで、押し戻そうとする。
「ううっ……は、ハァッ……」
ルインフィートは今までされたことの無い行為の気持ち悪さに、身じろいだ。縛られた手首がぎりりと軋んで痛みが走る。
「こ、こんなことして……なにが楽しい……」
切れ切れに息を吐きながら、ルインフィートはガーラを睨みつけた。しかしガーラはまたしても鼻先でルインフィートを笑い、冷たい微笑みを浮かべた。
「驚いたよ。こんなに身体を強張らせて。お前本当に……初めてなんだな」
「な……に……?」
不安で強張るルインフィートの肛門から指を引き抜いて、ガーラは彼の身体をうつ伏せに引き倒した。尻が突き上がる格好になり、ルインフィートはあまりの羞恥に気が遠くなった。
ガーラは彼の脚の間に身体を割り込ませ、自らの腰に手をかけて、下穿きを降ろした。いきり立った性器が、ルインフィートの秘部へとあてがわれた。
肛門に何かが当たるのを感じたルインフィートは、首を捻って肩越しにガーラの顔を見た。
先ほどまで浮かべていた微笑みは消えていた。彼は虚ろな眼差しで、虚空に視線を泳がせていた。蒼白な顔で、冷や汗すらかいているようだった。
「な、何……? ……ッ!」
次の瞬間、ルインフィートの身体に、灼熱が駆け巡った。
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