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対話
 タオルにお湯を染み込ませ、そこに石鹸をつけて泡立てる。ルインフィートは先ほど流した汗と涙、体液をぎこちない手つきで洗い流した。
 彼は自分で身体を洗ったことがあまりなかった。入浴のときもハルマースが付き添い、彼の背中を流しているのだ。
 暖かいお湯が、ルインフィートの引き締まったしなやかな体を伝ってゆく。べたべたしたものが洗い流されて、とても心地よかった。
 しかし、中に出されたものが気になり、自ら下肢に手を延ばし、掻き出そうと試みる。指を中指の第二間接のあたりまで挿すと、先ほど弄ばれていたそこが再び熱を持って熱くなった。同時に、こんな狭いところにあんなものを突っ込まれたのかと思うと、背筋に寒いものが走った。そしてその行為を女の子に見られたと思うと、今すぐにでも首をくくってあの世に旅立ちたい気分だった。
 この家にはローネとガーラとザハンの他に、三人住んでいる。他の彼らに見られなかった事が不幸中の幸いとでもいうのだろうか。

 ルインフィートは中に出されたものを掻き出した。太股の内側を、水とは違うものが伝い流れ落ちてゆく。ふうっと息を吐いたその時、後ろに人の気配を感じた。
 浴室の硝子戸の向こうにガーラが立っていた。本能的に体が強ばり身構えてしまう。ゆっくりと硝子戸が開けられた。
「ルインフィート……」
 そこに居たのは先ほどまでの狂気に満ちたガーラではなかった。酷く脅えた様子で、自分のした行為に罪の意識でも感じているのだろうか。ガーラはゆっくりとルインフィートに近づいて行った。
「すまない……俺は一体何て事を」
 うつむき加減にガーラは言葉を発する。先ほどまでの横暴な振る舞いの名残は完全に消え去っている。
 いつものガーラだ……と、ルインフィートは警戒を解いた。
「い、いいよもう別に……」
 何がいいのか自分でもよくわからなかったが、反省している様子のガーラに、ルインフィートはすっかり自分がされた事に対する恨みを消してしまった。ガーラはゆっくりと顔を上げ、ルインフィートの瞳と目を合わせた。きょとんとしたまるで緊張感のないルインフィートの表情に安心したのか、彼は僅かに笑みをもらす。つられてルインフィートも微笑んでしまう。
「あちこち痛むだろう? 治してやるよ……」
 ガーラはそう言い、ルインフィートの手首を掴んだ。縛られた跡が痣となって、痛々しく腫れ上がっていた。
「ああ……本当に酷いことをした。どうかしていたよ」
 ガーラは目に涙を滲ませながら、癒しの言葉を紡いだ。彼の両手から淡い光が浮かび上がり、ルインフィートの手首を包み込んだ。みるみるうちに彼の手首から痣が消えて、元通りの腕に戻った。
「ガーラ……お前、一体どうしたんだよ」
 ルインフィートはガーラの顔を心配そうに眺めていた。濡れた髪から、ぽたぽたと滴が垂れ落ちる。無垢な瞳がまっすぐにガーラに向けられていた。
 ガーラは傷だらけの彼の身体に、そっと手を触れた。鎖骨に走る傷跡をそっと指でなぞり、顔を上げてルインフィートを見つめた。
「あんなに酷いことをしたのに、俺のことを心配してくれるのか」
「そりゃ腹は立ってるけど……」
 ルインフィートはガーラから目を逸らし、むすっとふてくされたような態度を取った。そして彼は軽くため息を漏らし、ガーラの顔を覗き込んだ。
「知らなかったよ、お前に男を抱くような趣味があるなんて」
 彼はぷいとすねたかと思うと、笑顔を作って見せた。別にたいした問題じゃない――ルインフィートはそう思い込んで、心の痛みを無理矢理封じ込めようとした。

 ガーラはルインフィートのあっけらかんとした態度に、いらつきにも似た感情を覚えた。自分に犯されたことなどまるで気にも留めていない――そう思うと、何故だか胸の奥がじりじりと焦げるような感覚に襲われた。
「お前が初めてだとは思ってなかった。とっくに出来てると思ってたよ。あいつと」
 ガーラは心の中とは裏腹に、にやりと薄笑いを浮かべた。痛いところを突かれたのか、ルインフィートはみるみるうちに頬を染めた。
「なっ……なに言ってんだよ!! ハルマースはそんな……!!」
 思わず大声を出してしまい、風呂場に彼の声が響き渡った。ガーラはわざとらしく慌てたそぶりを見せて、彼の口を手で覆った。
「静かにしないと、またローネに怒られる」
 そういわれて、ルインフィートは「うっ」と、軽く呻いた。
 ガーラはルインフィートに顔を寄せて、彼の耳元で囁いた。
「お堅いあいつが、主君に手を出すわけが無いな。大事にされてるもんなぁ、お前……」
「変なこと言うなよ……。俺とあいつは、そんな関係じゃ……」
 平静を装っているものの、ルインフィートの声は、切ない響きを含んでいた。
「そうか……じゃあ、別に奴に遠慮しなくていいんだな」
 ルインフィートの気持ちに気付いていながら、ガーラはわざとらしく彼を抱きしめた。
「寂しいんだ……。朝まで一緒に寝てくれないか」
「え、そ、それは……ちょっと」
 一刻も早く帰りたい。そんな気持ちがひしひしと伝わってくるようだった。しかしガーラは、彼を離さなかった。鼻を近づけて、くんくんと身体の匂いを嗅ぐ。
「石鹸のいい匂いがする。こんな匂いをさせて部屋に戻ったら……気付かれるかもしれないなあ」
「!!」
 ルインフィートはガーラを突き放した。ぎりぎりと歯を噛み締め、拳を握り締めている。
 ガーラはそんな彼を見て、くすくすと嘲笑した。
「判りやすいな。お前、やっぱりあいつのことが好きなんだ」
 ルインフィートは黙ってガーラを睨みつけていた。ガーラは構わず、酷い言葉を選んで投げかけた。
「あいつのことが好きなのに、俺に掘られてあんなに気持ち良さそうに喘いで……。相当な淫乱だよお前。誰とでもヤれるんじゃないか?」
「コノヤロ……!」
 頭にかっと血が上って、ルインフィートは思わずガーラに殴りかかったが、すんでのところで手を止めた。腕を降ろして、自分の気持ちを落ち着かせるかのように、頭を横に振る。
「今日のお前はホントにどっかおかしいな。頭のネジが何本か抜けてるみたいだ。いいよ、側に居てやるよ」
 ルインフィートはまた、いつもの笑顔を見せた。
「先にあがらせてもらう。お前も身体洗えよ」
 何事もなかったかのようにそう告げると、彼はガーラを置いて浴室を後にした。
「……ふん」
 面白くなさそうに、ガーラは息を吐いた。
 わけもわからず強姦されたというのに、ルインフィートは傷ついたそぶりを見せず、怒りもしない。
 彼の強さが羨ましいと思うと同時に、その強さを打ち崩したいという衝動に駆られていた。
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