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あらくれ者
 ガーラはジュネの後をついて歩き、細く狭い道を抜けていった。ガーラたちが借りている宿から、そう遠くない場所にジュネ達の借りている宿はあった。
 一階は食事所になっていて、二階から数人寝れるだけの部屋が用意されている。冒険者向けの、簡素な宿である。
 彼らにとって宿は、寝るためだけの場所が確保できればよかった。朝がくれば、宿には用がなかった。
 怪物のはびこる迷宮の奥へと赴く彼らに、明日の命の保障はない。

 ガーラはジュネに、借りている部屋の中へと導かれた。部屋の中には、弟のライと妹のローネが、明日の探索の準備だろうか、それぞれ武具、防具の手入れをしていた。
 突然部屋に入ってきた見慣れない人物の姿に驚いたのか、二人は目を見開いてガーラの顔を凝視した。
「に……兄さん……?」
 弟のライの表情が、徐々に柔らかな笑顔へと変わっていった。
 ジュネがガーラの肩を抱いて、一寸の曇りも無い笑顔で二人に告げる。
「とうとう見つけたんだ。俺たちの兄さんを……」
 ジュネは喜びに、涙が溢れそうになるのを堪えているようだった。しかしガーラの心は本人も違和感を感じるほどに冷静で、ぼんやりとしていた。
「心配かけたね、二人とも……」
 ガーラは笑顔を作りながら、ゆっくりと二人に歩み寄った。弟のライが、ガーラに飛びついてきた。
「兄さん! 探したよ!」
「心配かけたね」
 ライを両手で抱きしめて、その頭を優しく撫でた。一つに結わきあげられた、不思議な青い色の髪が揺れる。
「ほんとに、どこほっつき歩いてたのよ」
 再会の喜びに冷や水を浴びせるような、冷たい声が響く。
 妹のローネが、ガーラを睨みつけていた。
「ローネ、兄さんに会えて嬉しいだろ? お前、心配してたじゃないか」
 ジュネが苦笑を浮かべながら言う。しかしローネはその言葉に気を悪くしたのか、ぷいっとガーラから顔を背けてしまった。
「ローネ……?」
 ガーラは不安になって、彼女に近づいて、その手を握った。
 瞬間、強い力で振り払われてしまった。
「触らないで!」
 彼女の強い拒絶に、ガーラははっと息を飲んだ。心が不安に彩られて、視線が宙を泳いでしまう。
「こら、ローネ!」
 ジュネが彼女をしかりつけて、すぐさま再び兄の肩を抱く。そして彼女に聞こえないように、耳元で囁いた。
「気にしないで、兄さん。ローネはちょっと……難しい年頃で……。久しぶりに兄さんに会えて、照れてるだけなんだよ」
「そ、そうなのか……。ジュネ、いろいろと大変だったな……」
 兄弟でひそひそと囁き合っていると、更に気を悪くしたローネが二人をきつく睨みつけた。
「なにひそひそゆってんのよ……」
「い、いや、なんでもないよ」
 妹の態度に、なぜか恐怖を覚えてしまう。ジュネに似て美しいはずの妹の姿が、何故かとても恐ろしいものに見えてくる。
 彼女の視線から逃れるように、ガーラは弟のライのほうを見た。彼はローネとは対照的に、とても嬉しそうににこにこと微笑んでいた。
 ガーラはおぼろげな記憶を探った。部屋に入ってきたときから、どこか感じていた違和感の原因を探る。
――兄弟が一人、足りない気がする。
 彼の記憶の中では、もう一人、ライと似たようなのがいた気がしていた。
「あれ……? ライ、お前双子じゃなかったっけ?」
 ガーラはふと疑問を口にした。その場にいた兄弟達は、黙ってしまった。
 暫く間をおいた後に、ジュネが気まずそうに兄に言った。
「兄さん、大丈夫? そこにローネがいるじゃないか」
「違うんだ、もう一人、ライとそっくりなのが……いたような気がしたんだが……。
 ローネとライが双子だったんだっけ……こんなに似てないのに? おかしいな、だってライは……」
 ガーラの頭は混乱していた。記憶が酷くあやふやで、無理に思い出そうとすると眩暈を起こしそうだった。
 髪の色も目の色も、ライは両親どちらとも似ていない。誰の目から見ても、血のつながりなど無いと判断できるほどに、ライとローネの二人は似ていなかった。
 困惑しているガーラを見て、ローネが複雑な面持ちで告げた。
「何を言ってるのかしら? ライと双子なのは、私よ。
 二卵性だから似てないんだって、父上も言っていたじゃない。ねえ、ライ」
 ローネは馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻先でふんと笑いを漏らし、ライのほうを振り返った。
 いつものライの笑顔は、消え失せていた。彼は血の気が引いたような青い顔をして、俯いてしまった。
「に、兄さん……僕は……僕は何者なんでしょうか……。ずっと思ってた。僕は皆と違うんじゃないかって……。
 皆と似てないよね、僕だけ……。父上とも、母上とも」
 呻くように言葉が吐かれた時、ガーラの体はローネに拳でぶっとばされ、宙を舞った。
 先ほどジュネに殴られた時の比ではない衝撃がガーラを襲う。
 非難の声を上げようにも、部屋の入り口の扉に背中を打ちつけしまい、呼吸もままならない。
 それでもなお兄に襲いかかろうとする憤怒の妹を、必死になってジュネが取り抑えた。
「何するんだローネ!! やめないか!!」
 しかし兄に羽交い締めにされた少女は、なおも暴れ続け、必死に腕を振りほどこうとした。
「なにわけわかんないことほざいてんのよ! 寝言は寝て言え!
 ライは私の弟よ! 誰がなんと言おうと私たちは兄弟だわ。文句ある!?
 ライを傷つける奴は兄であろうと許さないわ!!」
 半狂乱に陥ったローネを見てガーラは背筋が寒くなった。そして思い出す……この妹は、ライのことを過保護にし、溺愛しているということを。
 やたらなことを言うと殺されるのではないかと、本気で妹に恐怖した。
 ガーラは旅の途中、兄弟の事を想いつつどこか恐怖に似た感情を抱くことがあった。
 こういうことか……と、ガーラは観念したように瞼を伏せた。もともと、仲のよい兄弟ではなかったのかも知れない。あのルイムの閉鎖された空間の中で、正常な人間関係を築けるわけがないのだ。
 ガーラは、何もかも自分が悪かったんだという鬱な気分に陥ってしまった。
 自分が生まれたから、ルイムの国王は狂ってしまった。国王を殺してしまったから、兄弟達を苦しめてしまった。
――兄弟と、会わないほうがよかった。死んだものと思われていたほうが、お互い、幸せだったのではないか……。
 どうしようもなく後ろ向きな感情が、彼の体中を駆け巡った。
 数多くの罪を抱えながら、自ら断罪することも出来ず、路頭に迷ったガーラの魂は涙となって彼の頬を伝った。
 そのとき、ガーラが背にもたれていた部屋の扉が開けられた。
 買い物に行っていたらしい、仲間の戦士二人が、何も知らずに部屋に帰ってきた。

「ガーラ……? ガーラじゃないか!」
 ガーラの頭の上で、声がした。その声はガーラにとってとても懐かしく、心に優しく響く声だった。
 声の持ち主はしゃがみこんで、心ここに在らずといった様子のガーラの顔を覗き込んだ。
 ガーラの目に、懐かしい友の姿が映る。少しだけ大人になった、彼の姿が。
「つかさ……?」
 ガーラははっとなり、我に帰った。思いがけない人物の姿に驚き、息を飲む。
「どうして君がここに……?」
 そんなガーラの問いかけに、つかさは硬く押し黙ってしまった。ほんの少しの沈黙の後、彼はガーラの耳元で囁いた。
「話は後で……。とりあえず、それよりも」
 そういうと彼は立ち上がって、ルイムの兄弟のほうを振り返った。
 つかさの目に映ったものは、ジュネに羽交い締めにされたローネ。次に顔面蒼白のライ。
「お、お前達は……兄弟に会えたというのに嬉しくないのか……?
 いつも……ガーラのことを心配してたじゃないか!」
 喜ばしい再会のはずが、様子が違う。緊迫した空気に、彼も怒りがこみ上げてきているようだった。
 つかさと入れ替わりに、後ろに控えていた黒髪の戦士がガーラの側に寄って来る。そしてしゃがみこみ、ガーラの両腕をつかんだ。
 青年は笑顔を浮かべ、励ますようにガーラに言った。
「あんた、あいつらのにいちゃんか?
 さっそくアレにいじめられたのか?」
 黒髪の青年は横目でちらりとローネを見た。突然目の前に現れた見知らぬ青年に、ガーラははっとなって我に帰った。
 人懐っこい笑顔で、青年が言う。
「気にすんな。あれは何時なんどきでも、ああなんだ。素直じゃないんだよ。
 通り魔にでも遭ったと思って、あきらめな」
 次の瞬間、青年の体が宙を舞っていた。
「誰が通り魔よ!!」
 ジュネの腕を振り払って、ローネが彼を蹴り飛ばしていた。
「あんたもちょっと殴ったくらいで泣いてんじゃないわよ!!
 へこんでる暇があるならかかってきたらどうなのよ!!」
「ローネ! いい加減にしないか! なんでお前はいつもそんなに乱暴なんだ!」
 ジュネは再び彼女を取り押さえて、羽交い絞めにした。しかしそれでもまた彼女は気が治まらないのか、暴れようとしていた。

 声を張り上げるローネを制したのは、宿の管理人からの苦情だった。
 妹がこんな荒くれものになってしまったのも、自分のせいなのだろうかとガーラは思い悩んだ。
 ガーラはますます自分を責めたが、不思議と鬱な気分は晴れていた。
 妹は自分を憎んでいるのではなく、誰に対しても乱暴だということがわかったからだ。
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