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最後の夜
 徐々に白み始めた朝の空の、穏やかな光が差し込む窓際で、ガーラは寝かされていた。
 背中の黒い翼はいつのまにか消え失せていた。
 すぐそこに、ルインフィートの顔があった。
 心配して寝台にもたれかかったまま、寝てしまったのだろう。
 その寝顔が何故か憎たらしく思えて、ガーラはルインフィートを突き飛ばしたい衝動に駆られた。
――俺のことなんかほっといてくれればいいのに。
 人に優しくされることが、何故だか腹立たしかった。
 まるで聖者のように扱われることが、今の彼にとって重荷だった。
「ああ……ガーラ、起きたんだね」
 眠そうな目をこすりながら、ルインフィートが微笑んだ。その微笑みにつられるように、ガーラも優しい微笑みを浮かべる。
 ガーラは身体を起こして、ルインフィートの髪を優しく撫でた。
「心配……かけたね。こんなところで寝ちゃダメだ。自分のベッドにもどりなよ」
「うん」
 こくりと頷いて、ルインフィートは立ち上がった。そして、彼はおもむろにガーラの両手を掴んで、ぎゅっと握り締めた。
「ガーラ、悩みがあるなら言ってくれよ。飛び降りる前に。ビックリしたよほんとに。
 俺たちはこれからもずっと仲間だよ。一人でなんでも抱え込まないでくれよ」
 ルインフィートの蒼い瞳が、じっとガーラを見つめた。つかまれたその手から、優しい温度が伝わってくる。
「……ああ、そうだね。ありがとう」
 言えるような悩みなら、苦労はしない……心の中でそう思いながら、ガーラはルインフィートを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。するとルインフィートは、ガーラの首筋に顔を寄せてきた。
「ガーラって、なんかいい匂いがするよな」
 ルインフィートはうっとりとした表情を浮かべていた。ガーラはくんくんと匂いを嗅いでいる彼の肩越しに、すぐ側の寝台に横たわるハルマースの姿を見た。
 ハルマースはルインフィートが一旦宿から出たことに気がつかなかったのか、安らかな顔をして眠っていた。もちろん、ガーラが戻ったことにも気がついていないだろう。
 ガーラは過去に何度も二人が添い寝をしていたことを急に思い出して、妙な苛立ちを覚えた。
「なあ……ルイン。やっぱり、俺の側にいてくれないか」
 ふつふつと、気味の悪い感情がガーラの中で燻り出していた。ルインフィートを強い力で引き込んで、寝台の上へと促した。
「え? あ、ああ、別にいいよ」
 僅かな戸惑いをみせながらも、ルインフィートはすんなりとガーラのすぐ横に横たわった。
「誰かと一緒に寝るのは、心地いいもんなあ」
 彼はのんきにそんなことを言い、あくびをした。ガーラは思わず苦笑した。
「男同士で寝ることに抵抗無いのか?」
「んー……別にイヤじゃないよ。男女で寝るほうがやばくないか?
 男同士なら、間違いも起こらないし」
「男同士でも、間違いは起こるよ」
 そう言ってガーラは、ルインフィートの上に跨って、彼の柔らかな頬に口付けをした。まるで危機感を感じていないルインフィートに、意識させるように。
「ははっ、なにやってるんだよガーラ。悪ふざけはよしてもう寝ようぜ」
「悪ふざけなんかじゃ……」
 ここまでされてもまるで自分を意識しないルインフィートに、ますます苛立ちながら、ガーラは今度は唇に口付けをした。
 さすがにルインフィートは驚いたのか、目をまんまるく見開いた。頬が僅かに朱に染まる。
 唇を離して、吐息がかかるほど至近距離のままガーラはルインフィートをじっと見つめた。
「ふたりとも、何してるんだ」
 脇から、怪訝そうな声がした。ハルマースが目を覚まして上体を起こし、驚いたような表情を浮かべていた。
 咄嗟にルインフィートが、ガーラの身体の下から横にずれた。
「ハルマース、起こしちゃってごめん。ガーラ、ここに戻るとき誰かに襲われたみたいで。
 なんか不安がってるみたいだから、今日はガーラと一緒に寝るよ」
 ルインフィートの言葉を聞いて、ハルマースの視線はガーラに向けられた。思いっきり、突き刺さるような鋭いまなざしが。
「一人で寝られないのか。情けない奴だな」
「ほら、今日はなんだかいろんなことがまとめて起こったじゃん。情けないなんてことは無いよ」
 ガーラが反論をする前に、ルインフィートが口を挟んだ。
「あ、そうだ、いい事思いついた。ハルマース、お前も来いよ。皆で一緒に寝よう」
「……は?」
 ガーラとハルマースが同時に言った。
「遠慮する」
「お断りだ」
「なんだよ、三人で夜を過ごすの、今日が最後かもしれないんだぜ?
 最後くらい仲良くしようよ」
 そう言ってルインフィートは一旦ガーラの元を離れて、ハルマースの手を掴んで引っ張った。
「冗談じゃない。なんでガーラと一緒に寝なきゃ……」
 ハルマースがそう呟いたところで、彼はルインフィートに睨まれた。
「わかったよ。じゃあ二人で寝る」
 ぷいっと顔を背けて、ルインフィートはガーラの元に戻り、彼と一緒の布団の中にもぐりこんだ。
「……ああもう!」
 ハルマースは非常に苛立った様子で寝台から降りて、ガーラの寝台に上がった。寝台の上は男三人でぎゅうぎゅうになってしまい、重さで脚が軋んだ。
「せ、狭いだろ! お前帰れよ! 頼んでないから!」
 痩せているとはいえハルマースの身体は大きくて、かなりの圧迫感があった。ガーラがたまらず抗議の声を上げた。
「まあまあ。ぎゅうぎゅう詰めのこの感じ、俺は嫌いじゃないな」
 ルインフィートはにこにこと笑っていた。二人の間に挟まれて、寝返りも打てないような状況だというのに。
 ハルマースはルインフィートの身体をぎゅっと抱きしめて、ガーラをひたすら睨みつけていた。
「なんでこんなことに……」
 ガーラは恨めしそうに呟いた。ルインフィートに破廉恥な嫌がらせをするつもりが、逆に嫌な状況に追い込まれてしまった。
 二人に背を向けて、背中にルインフィートの身体を感じながら、ガーラはなんとか寝てしまおうと目を瞑った。
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