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眠る王子
 強制的に兄弟を落ち着かせてから、時間は瞬く間に過ぎていった。ザハンの屋敷も、生活の拠点として少しずつだが馴染んでいった。
 一人ずつ与えられた部屋のなかで、ガーラは夜一人で物思いに耽ることが多くなってしまった。
 弟たちに対する罪悪感に苛まれてしまい、酷い鬱に襲われる。
 自分の中の暗い一面を押し込む一方、ガーラは努めて兄弟たちに優しく接するようになっていた。
 まるで、なにもかも記憶を忘れ白塗りされていた、魔族の村にいた頃のように。
 しかし、あの頃の自分には戻ることはできない。
 押し込められていた暗い感情は、確実に蓄積されガーラの心を蝕んでいった。

 たまった鬱憤は外へと向けられることが多くなった。相変わらず迷宮探索で手を組んでいる、ルインフィートとハルマースをからかうと少し気が晴れるような気がしていた。
 きっと自分は奴らが嫌いなんだ、と、ガーラはそう思い込み納得している。
 彼らのことを好きになれるはずもなかった。
 彼らは自分たちが失ってしまったもの、望んでも手に入らないものを全て持っている。
 富も名誉も地位も、仲間との絆も、なにもかも持ち合わせている。
 それなのに彼らは一体何に不満を抱いて、国に帰ろうとはしないのだろうと思っていた。
 贅沢な連中。
 そう思ってやまなかった。
 しかしそれはガーラだけではなく、他のルイム兄弟も思っていることだった。

 ある晩のこと、ガーラはなかなか眠ることができず気持ちを苛立たせていた。睡眠を促す薬を服用しても、心を穏やかにする効果のある香を炊いても、まるで効果がみられなかった。
 炊きすぎた香の匂いが部屋に立ちこめ、かえって気分を悪くしたガーラは、空気を入れ換えようと部屋の窓を全開にした。
 そこで彼は見てしまった。漆黒の夜空に浮かぶ真円を描く月を。
 この月が満ちる度に彼は義父を思い出す。忌まわしい、陵辱の日々を。
 ガーラは慌てて、窓を閉めた。
 しかし皮肉なことに、彼の身体は熱く火照りはじめ、誰かの肌を求めはじめた。
「く……っ」
 息が喉元につまる。何故こんなにも苦しいのだろうと、ガーラは奥歯を強く噛んだ。
 決して義父が恋しい訳ではないいんだと、自分に言い聞かせる。自分は男なんだから、こういうのは生理的な現象なんだと。寝台に腰をかけ、瞳を閉じて気が静まるのを待つことにした。
 しかし目を閉じた途端、彼の脳裏に狂気に取り付かれたようなラージャの眼が浮かび上がる。振り払えない過去の傷跡に、ガーラはそのうち気が狂うのではないかと、ますます気分を苛立たせた。
 意識もせずに、自分の手が股間に当てられている。ガーラは苦しげに息を吐いて、その手を自らの意志で離した。
 本能の赴くままに精を開放してやれば少しは楽になるのだろうが、義父に捕らわれた気持ちで抜くのは嫌だった。
 死して尚まだ自分を苦しめるのかと、ガーラは義父の影を呪うしかなかった。

 閉ざされた部屋に留まることも息苦しくなって、ガーラは兄弟たちを起こさないようにこっそりと家の外に出た。
 外に出れば否応なしに満月を見ることになるのだが、部屋の中でうずくまっているよりは気分がよかった。
 近くの公園に赴き、眺めの良い噴水の近くの休憩席に腰をかけた。美しい満月の光を浴びながら、彼は両手を握り祈った。
「神よどうか罪深き私にも安らぎを……」
 このまま気持ちが落ち着くのを待とうと思ったその時、ガーラは思いがけない人物の姿を目にして、はっと我に帰った。
 夜も更けているというのに、一人で向かい側の休憩席にたたずんでいる。不思議に思って、ガーラは彼の元まで赴いた。
「こんなところで何してるんだよ」
 声をかけるとルインフィートも「お前こそ」と、同じ言葉を返してきた。ルインフィートが明かりも何も持ってもいないにもかかわらず、どこか眩しくガーラの目に映る。目の前が白んで霞んで見えて、耳さえも遠く聴こえるようだ。
 それはルインフィートの魂から放たれる、命の光に他ならない。彼の姿が、眩しい。
 隣に座るだけで、暖かい陽だまりに居るような気分になった。気分が変に高揚してしまい、感情の抑制がきかなくなってしまった。

――太陽に守護された、光溢れる国の王子様。
 お前が、落とす影は一体、どのくらいのものなのだろうか……。

 ガーラの中で暗く燻っていたものが、燃えはじめた。


 その後、ガーラはルインフィートを部屋に連れ込んだ。
 風呂場に連れ込んでしまおうかと思ったが、それは拒まれたので仕方なく一人で身体を洗い流した。
 部屋に戻ると、信じられないことにルインフィートは寝台の上で眠っていた。
 眠る彼の脇に腰をかけて、しばらくその顔を眺めていた。なんの警戒も抱いていない、穏やかな寝顔だった。
 大国の王子が、こんなに無防備でいいのだろうか。頬に手を伸ばして、その唇にそっと口付けをした。
 しかしそれでも、眠れる王子は目を覚まさなかった。
 ガーラは彼の衣服をゆっくりと剥ぎ取っていった。しかしそれでもまだルインフィートは目を覚まさない。
 目が覚めたとき、彼は一体どんな反応を示すのだろうか。悪戯心が働いて、彼の両腕を後ろ手に縛った。
 身体を仰向けに戻し、しばらくその身体を眺めていた。引き締まった肉体の上を、縦横無尽に無残な傷跡が走っている。それは無防備で穏やかな寝顔には不釣合いな身体だった。
 ルインフィートは自らのその体の傷について、詳しいことを話してはくれなかった。彼の連れであるハルマースもまた、その傷について触れようともしない。
 触れてはならない領域が、この王子にも存在する……そう思っただけで、ガーラは不思議と気持ちが高ぶっていくのを感じた。

――この王子を、同じ闇に堕としてしまおう。

 ガーラは目を覚ましたルインフィートを、有無を言わさず無理矢理犯した。
 もしかしたらルインフィートは既にハルマースと関係を結んでいるかも知れないという考えが頭をよぎったが、そのような事実はどうやら無いようだった。
 そんな邪推をしてしまうほどに、ルインフィートとハルマースの関係は親密だった。
 大事にされてきたものを奪って陵辱するという行為は、不気味なほどに気分が良かった。
 両手を縛り、自由を奪うのは普通の事だと思っていた。それはガーラ自信が、常にそうされてきたからだ。
 動けない相手を、無理矢理に抑え込む。恐怖に彩られた無垢な瞳を、踏みにじった。
 怯え、傷ついて涙を流すルインフィートを見て、ぞっとするほどの興奮を覚えた。ルインフィートのこんな表情は、きっと誰も、あのハルマースですら見た事が無いに違いない。
 罪悪感と嗜虐心が入り混じり、ぎらぎらとした欲望になって溢れ出して行く。容赦なく、初めて男を受け入れるその中に熱い精を注ぎ込んだ。
 ガーラは鬱だったこともすっかり忘れて、おさまらない身体をさらにぶつけてしまおうと思ったその時、あってはならないことが起こってしまった。
 ルインフィートが騒ぎすぎた為に、隣の部屋のローネが起きてしまい、行為をもろに見られてしまったのだ。
 ガーラはローネにのされて気を失ってしまい、ルインフィートとの熱い夜は強制的に終わってしまった。

 気がついたとき、ガーラはものすごい後悔に襲われた。ルインフィートはもう、自分の元から離れてゆくかもしれない。
 そう思うと急に寂しくなり、足が勝手に彼の元へと向かっていた。
 ルインフィートは風呂場で身体を洗い清めていた。謝罪をすると、彼はあっさりとガーラのことを許した。
 深く傷ついた様子もなく、自分を強姦した男のことを心配しているそぶりまでみせている。
 たいした問題にされていないことを悟り、何故か妙な苛立ちを覚えた。
 ルインフィートは自分を無視したのだと思うと、ふたたびどす黒い感情が噴出してきてしまう。
 この王子は自分の元から逃げ出したりしないだろう。彼の強さを肌で感じ、ガーラは不思議と静かな気持ちになっていた。
 何度でも犯してやりたいという気持ちに駆られた。
 彼のその瞳が曇り、自分の元に堕ちてくるまで。

 それから二人は、度々関係に及ぶようになっていた。ルインフィートはガーラを、何故か本気で拒むことがなかった。
 陵辱される痛みよりも、ハルマースに対する後ろめたさの方が勝っているようで、ガーラもルインフィートのそんな気持ちをひしひしと感じている。
 それはガーラにとって、気分の良いことではなかった。
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