別れと出会い
時間は緩やかに、しかし確実に流れて行った。ガーラは何故か、何ごともなく過ぎる毎日に少し不安を覚えるようになっていた。
ガーラはリムーダーから、自分には兄弟がいると聞かされていた。
彼らは今何をしているのだろう。そんな思いが日増しに強くなっていった。
苦労して自分を探しているのではないか、だとしたらいつまでもここで、ぬくぬくぼんやりとしている訳にはいかないと、ガーラは気に病んでいた。
その想いをリムーダーに打ち明けると、彼はやはりそういう時期が来たかという反応を示した。
「私に君を止める権利はない。旅に出るというのなら、行きなさい。
だけど疲れたらいつでも帰っておいで」
リムーダーは優しくそう告げた。
リムーダーはガーラの意思を尊重する構えだったが、ひとつだけ反対したことがあった。それはガーラの「父も探したい」という言葉だった。
「ガーラ、君の父親は、気が狂っている。まだ会うべきではない。
君が記憶を取り戻し、それでも会いたいというなら止めはしないが」
「……はい」
ガーラはリムーダーの忠告を、素直に受け止めた。彼は今、この守護者に頼るしかないのだ。
身支度を整え、一枚の薄い紙をじっと見つめる。そこには自分を含め四人の人物の姿が、写実的に描かれていた。金色の髪が美しく流れる少年と少女、そして青い髪の色をした不思議な少年。本当に自分の兄弟なのだろうか。そう思ってしまうほどにガーラの頭の中は空白だった。
次の日の朝、いよいよ村を出るガーラを、リムーダーとつかさが見送りに村の出口まで付き添って歩いていく。
リムーダーはガーラの兄弟のおおよその行き先を予想した。
「ルイムの王族が西のサントアークに行くとは思えない。
おそらく東の……ワートの自由都市にいるだろう」
「はい」
ガーラは偉大なリムーダーの言葉を信じる事にした。
「ガーラ、いっちゃうの……?」
つかさが寂しそうな目でガーラとの別れを惜しんだ。
ガーラは親しい友との別れに、後ろ髪引かれる想いを振り切るように微笑んだ。
「また……戻ってくるよ」
自分の肩ほどまでしかない背丈の少年の、柔らかな薄茶色の髪を撫でる。灰色の少年の瞳がまっすぐガーラを見つめていた。
「俺も一緒に……」
「ダメだダメだダメダメーーッ!!!!」
言いかけてつかさは先の言葉を父親に激しく遮られた。少年は怯えガーラの側から一歩引き下がってしまった。
「外は悪い人間どもでいっぱいなの!
つかさちゃんはまだお子ちゃまだから外に行っちゃ駄目っ!!」
子離れできない父親の様子にガーラはくすりと微笑んだ。微笑ましい親子を横目で見ながら、ガーラはそこから立ち去る事にした。
「じゃあね……。バイバイ」
ガーラは一人その場を後にした。
彼の視線の先には、森の中を行く荒れた道が続いていた。
しかし村を出て一時間もしない頃である。黙々と独り歩いていたガーラは森の木々の異変を感じ始めた。
風がどよめき、木々がざわざわと騒ぎ出す。
この森に歓迎されない何者かが、この魔の聖域に迷い込んでいたのである。
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この森に入ってどれだけの時間がたったのだろう。ぐるぐると同じ道を彷徨っているのではないかと思わされる。やはりこの道を行くのは避けるべきだった……髪の長い青年がつぶやく。
すぐそばにはまだあどけなさを残した金髪の少年がぴったりと青年の隣を歩いていた。
「迷ったな……これは」
青年が立ち止まると少年も立ち止まる。
「もう足がパンパンだよ〜」
少年は大きな青い瞳で青年に疲労を訴えた。青年の表情にもありありと疲労の色が浮かんでいた。
一休みしようと彼らはすぐ近くの木の幹にもたれかかった。やっぱり回り道をして森に入らない方がよかったな〜と談話していたその時である。
少年の足下で何かがぱきぱきと音を立てて蠢いていた。
もたれかかっていた木の根と枝が、彼らを捕らえようと絡みつこうとしていた。
「うわあっ! なんだ!?」
少年は飛び退いた。彼らは咄嗟にその場から離れるも、またその足下で木の根が蠢いている。
旅人を捕らえて養分にでもしようというのだろうか、それとも木の精霊の悪戯だろうか。
どちらにせよ、捕まったら命はない。旅人二人は戦慄しながら、じりじりと引き下がって身構えた。
「木偶のくせして上等だ」
少年は不敵に微笑み、やや大振りな剣を構え蠢く樹木に向かって突進した。
「馬鹿! 突っ込むな!」
慌てて青年は両手をかざし、何やら呪文を唱え複雑な印を切った。少年が立ち向かう樹木が、内部から赤く燃え上がる。
合わせるように少年はその木の幹を力任せに剣でなぎ払った。けたたましい轟音が鳴り響き、その木は横倒しになった。
「やった!」
少年は勝利を確信し、微笑んでその付き人の青年の方に顔を向けた。しかし青年の顔色は優れず、険しい表情をしていた。はっとして少年は振り返ると、その木はまだ動きを止めていないどころか、回りの樹木もざわざわと連鎖するように動き始めていた。
「ちっ……面倒な事になったな……!」
少年と青年はなんとか逃げ道を切り開こうと再び樹木に攻撃を仕掛けて行った。
しかし倒しても倒しても足場が悪くなる一方で、戦況は悪くなる一方だった。火を使いすぎたせいか、辺りに煙が立ち込めて、呼吸もままならない。彼らの疲労は限界に達し、とうとう二人は蔦のような樹木の枝に腕を足を捕らえられ、身動きが取れなくなってしまった。
もう駄目だ……、と二人はこれからの人生を半ば諦めかけた時である。
何者かが駆け寄る足音を耳にした。
「大丈夫か君達!!」
若い男の声が森に響く。
物々しい轟音を耳にしてそこに駆け寄ったのは、旅に出たばかりのガーラだった。
咄嗟にガーラは解呪の言葉を唱えて手に持つ剣を降り下ろした。
「はっ!!」
気合いの声とともにあたりが眩い光に包まれる。突然のまぶしさに、捕らえられている二人の目が眩んだ。
二人の身体を戒めていた樹木が急に緩み、彼らはばたりと身を地面に投げ出した。
「何だ……今一体何が……」
少年はまぶしくてよく見えない目を必死に凝らした。光に包まれた何者かの白い手が差し出されている。
「もう大丈夫だよ、君達」
それは現実味に欠けた光景だった。
少年の今だ突然の光に慣れていない眩んだ目で見た彼は、光に包まれ神聖なものに思えた。銀色の髪が光をまとって、彼の端正な顔を際立たせていた。
冗談ではなく天使様が迎えに来てくれたのかと、一瞬本気で思ってしまったのである。
それほどまでに少年の瞳には、ガーラが眩しく美しく映った。彼の姿に見とれて、ぼんやりと固まってしまった。
しかし、対象的に少年の付きの者は何故か警戒しているのか、助けに来てくれた恩人を険しい顔で睨んでいた。
少年が彼に感謝の言葉を述べる前に、髪の長い青年が先に口を開いた。
「ば、馬鹿な……人違いか……?
いや、こんな顔が二人といる訳が……」
見知らぬ青年にそう言われて、ガーラの方も驚いたようにきょとんとしてしまった。
「賢者に殺されたと聞いていたが……。
生きていたのか、ガーラ・ルイム」
知らない青年にいきなり名前を言い当てられてガーラは困惑した。少年も知り合い?と彼に言いたそうな顔をしていた。
「俺のこと知ってるのか……?」
ガーラの表情から微笑みが消えて、その視線はまっすぐに髪の長い青年に向けられた。
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