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鮮血
 かくしてガーラは助けた二人と共に同じ目的地を目指すことになった。冒険の旅は、思っていた以上に過酷なものだった。森をさまよう怪物達は手ごわく、ガーラ一人の手に負えるものではなかった。
 比較的弱いとされる悪鬼ゴブリンなどでも徒党を組まれれば驚異である。こういう時にマディオラと名乗る青年の攻撃破壊魔法はその威力を見せつけた。彼は緩やかに湾曲した珍しい形の刀剣を肩から下げ携えているものの、何故かそれを使うことはなかった。
 飾りものだろうか……と、卒直に疑問に思い本人に訪ねてみたところ、どうやらそうでは無いらしい。
 それが彼にとって失礼な質問だったらしく、ガーラはマディオラにきつく睨まれてしまった。
 エストファールと名乗る少年の剣技も、その幼い見かけによらず非常に冴えていた。彼の振るう剣先は、一寸の無駄も迷いもない機能的なものだ。おそらく正規の剣技の訓練を受けたものだろう。それも、とても優秀な剣士からだ。
 ガーラは二人に出会えたことを神に深く感謝した。自分一人では、兄弟を探す所かこの森を抜けられずに息絶えていたかも知れない。
 そして、マディオラとエストファールの二人も、ガーラと出会えたことを幸運に思い、感謝しているようだった。
 攻撃能力に優れる彼らにとって、神聖魔法を使い闘いの傷を癒すことが出来るガーラはまさしく鬼に金棒なのだ。
 順調に、彼らは東の目的地へとその歩みを進めていった。

 しかしガーラには疑問に思うことがあった。
 この、旅を供にすることになった青年達は一体何者なのだろうかと。
 彼らは自分達を『ただの冒険者』としているが、どうしてもその言葉を信じることが出来なかった。
 マディオラという青年の、エストファールへの接しかたが不自然だと感じていた。マディオラの方が年上で、しかも彼は頭の回転が速い切れ者だった。しかし彼は何故か、少年にうやうやしく接している節が見受けられるのだ。
 食事の世話はもちろんのこと、服の着替えまでマディオラがエストファールの世話をしてやっている。記憶を失っているガーラでも、彼らのそういった行動にはとても違和感を感じた。自分が村に居たとき、誰もが自分の身の回りのことは自分でしていたからだ。
 あげくの果てにマディオラは、あからさまにガーラに好意的な態度を取ることがなかった。なにもかもエストファールという少年の言葉が優先で、仲間というよりは仕えている……そんな言葉が相応しかった。
 隠しているものを詮索するつもりは無い。ただ時として通常からするとあまりにも異質で入り込めない二人の世界に、ガーラは疲れを覚えはじめていた。

 そんなある時である。
 ルイムの国境付近にまで足を進めることのできた彼らは、荒れ果てて不審な人物の行き交う街に行き着き、そこの宿で身体を休めていた。
 元王子といえどこのような辺鄙な所に、ガーラの顔と名前を知る者はいない。ガーラは堂々と過ごすことができた。
 その宿は一階が酒場になっており、三人はそこで食事をとっていた。粗末な料理に食事が進まずに、冒険者や地元民の話がよく耳に入ってきた。
 ガーラはそこで、興味深い話を耳にしてしまう。
「知ってるか、サントアークの王子様が今、どこかに姿を隠しているらしい」
 長い布の衣をまとった若い魔術士風の男が口にする。その言葉に、ガーラと同席している二人がわずかに険しい顔になったように思えた。
「国内のもめごとに嫌気をさして、出ていったんじゃないか?
 わらっちゃうぜ、何が光と正義の国だ。実体は殺戮と征服の国家だってのによ。
 ヤツら腹の中が真っ黒なんだぜ……」
 店内の客達は彼の意見に賛同したようでケラケラと笑っている。しかしエストファールとマディオラはいつになく無表情で、黙々と食事を進めていた。
 彼らはサントアークから来たという事は知らされていた。母国の悪口をたたかれて気分を害したのだろう。ガーラはその時そうとしか思わなかった。
 しかしその魔術士風の男が席を立ち、店を出たところで異変が起きた。
「ガーラ、ちょっと待っててね……」
 エストファールがそうガーラに告げると、二人は魔術士を追うようにして店を出ていった。
 なんとなく不穏な空気を感じたガーラは、その後から更にこっそりと二人の後を追うことにした。
 男は人気の無い路地裏へと歩いていっているようだ。
 彼らを尾けていきながら、ガーラは異様な雰囲気を感じはじめる。進み行く先に何か不快な気配が漂っている……邪悪な空気を感じとり、ガーラは二人を引き留めようと足を早めた。
 しかし二人は袋小路に誘い込まれたようで、いつのまにか回りを四人の男に囲まれてしまっていた。
 酒場にいた若い魔術士が、エストファールとマディオラに不敵な笑みを浮かべている。
「のこのこと、よくついてきたね。可愛い王子様……」
 その言葉にガーラは衝撃を受けた。
 彼らの間に入り込む余裕を無くし、呆然と立ち尽くしてしまった。
――王子様って……エストファールはサントアークの王子なのか!?
 普通じゃないとは感じていたが、それは予想外だった。西のサントアークのことは、リムーダーによく聞かされていた。
 表向きは秩序を重んじ、厳格な規則によって統治されている国家だというが、その本質は力と恐怖によって民を支配する軍事国家だという。
 人間同士が争い、血で血を洗い流し、もっとも残忍で容赦のないものが頂点に立ち、治めている国だと。
 人間嫌いのリムーダーの偏見も少しはあるのだろうが、ガーラは彼の言葉を信じていた。
 ガーラは我に帰り、ちらりとマディオラを見た。彼の全身から滲み出る堅苦しい雰囲気は、まさしくサントアーク人の気質そのものなのだろうと納得する。
 どうりでマディオラが、友好的ではないはずだと思い知る。嫌いあっている民族の、その象徴ともいうべき人物が引き合ってしまったのだから。
 ガーラはそこではじめて、マディオラが刀に手をかける仕草を見た。
「俺達のことを知っているようだな。俺たちがこの街に着いてから、ずっとつけてきてたな」
 取り囲む人物達を、威圧するような声でエストファールが言い放つ。
 それはガーラやマディオラと接する時とは違う、ひどく冷たい声だった。
 魔術士達はエストファールに舐めるような視線を向けて、小ばかにしたように笑った。
「お前を、死の賢者レイア様に捧げればお喜びになる……」
 エストファールは静かな目をしていた。魔術師達に対して、何の感情も持ち合わせていないと思わせるほどに。
「迷惑だ。もう、うんざりなんだよ」
 苦々しく呟くと、彼は両手持ちの大きな剣を構えた。きちんと手入れが施され、綺麗に磨かれたその刀身に少年の顔が映る。
 若い魔術師が、エストファールを睨みつけながら、後ろへ引き下がった。
「……殺すな、生け捕りにしろ。あれの魂を、わが主が欲しがっている」
 彼の声を合図にしたように、剣を持った三人がエストファールとマディオラに斬りかかった。
 四対二じゃ分が悪い。ガーラははっとなって、物陰から飛び出した。
 しかし勝負はあっけなく、簡単についてしまった。
 エストファールが大きな剣をまるで自分の手のように鮮やかに操り、男達の剣を凪ぎ払った。弾かれた男を、刀を引き抜いたマディオラが目にも止まらぬ速さで斬っていった。
 刃先から、美しく虹色にうっすらと輝くような光の筋が現れる。その光が襲撃者の身体を通り抜けたかと思うと、そこを境目に肉体が分かれ血飛沫と臓物が地に巻き散らかせられた。
 魔術士も呪文を唱える時間など与えられずに、マディオラの刀に身体を二つにされた。
 まるで家畜でもさばくかのような、鮮やかで手際の良い彼らに、ガーラは自分の敵ではないというのに戦慄を覚えた。
 彼らは返り血すら浴びずに、まさにつまらないものでも処分したかのような表情をしている。
 冷酷で、容赦が無く、慈悲のかけらも無い。
 敵とはいえ、他に解決する方法はなかったのだろうかという疑問が首をもたげる。
 どんな理由があれ、人殺しなどするべきではない。命、そして愛情は何よりも尊いものであると彼の信じる神は説いている。
 ガーラは彼らに嫌悪感を覚えた。しかし彼の中でも、沸き立つような感情が首をもたげていた。

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