壁の城
ルイムの王城は、都市から少し離れた切り立った岩山の断崖絶壁に建てられていた。
サントアークの王城のような荘厳な装飾というものはなかったが、簡素でありながら曲線で構成されたその城は美しいものだった、
高度が高いため、天空の魔城と称されるその城の城壁には、門というものがない。そしてその城の内部にも、扉というものがなかった。
そんな極めて閉鎖された建物の中を行き来する術は、賢者のみが作ることのできるとされる『転移の輪』という魔法陣を通らねばならなかった。
城の住人の行動は全て賢者達に監視されていた。いわば幽閉という状態におかれているものは、他ならぬルイムの国王とその家族である。
彼ら王族はこの国の『象徴』として扱われ、時々国家の代表として外交に顔を出すことのみ、仕事が与えられていた。
そんな囚人のような日常に、代々王家のものは若くしてその生涯を終えてしまうものが多かった。
空にまぶしい位の満月が浮かぶ夜だった。
城の中庭で、十七歳になったばかりのガーラはそっと祈りの言葉をささげていた。
詠うようなその祈りの旋律に耳を預け、この城の主……ラージャはじっとガーラを見つめていた。
髪の色は淡い金で、肩ほどまでに切りそろえられその毛先は無造作に、しかし整えられて外側に緩やかに流れている。そして瞳の色は左右異なるものだった。右目は碧、左目は透き通る金で、齢は40を過ぎているはずであるのにその容姿は若々しく神秘的な美を纏っていた。
「ガーラ、体が冷えて、風邪をひいてしまうよ」
たおやかで、気品のある声がガーラの耳に届く。
「父上、ご心配なく……」
ガーラは穏やかに微笑んだ。ラージャもくすりと微笑みをもらし、そっと彼の元に歩み寄った。
「お茶を容れてあげよう。わたしの部屋にきなさい……」
二人は中庭から廊下を通り、転移の輪の中に姿を消した。
国王の部屋は広大で、美しい柱が数本部屋の両脇に建てられていた。広大な天窓から美しい夜空と満月が輝いている。
この国王の私室に、王妃とよべるものの姿はない。王妃であるガーラの母親、ローラは大神官であるため、神殿にその身を置きこの城では生活をしていないのだ。
「父上、いつもひとりで……寂しくないですか?」
ガーラはいつも寂しそうな面影を見せているラージャを心配していた。容れてもらった暖かい香草のお茶を喉に運ぶ。
ラージャはふふっと、少し含みのある悲しい笑顔をガーラに見せた。
「おまえたちがいるから、ひとりではないさ。
寂しいなんてことはない」
その言葉にガーラ何故か胸が締め付けられるような想いに駆られた。
自分は神殿に赴いたり、外に出る機会と自由がそれなりにある。しかしこの国王は、妻にも滅多に会えず、外にいくこともままならないでいる。
生活に不自由する事はなかったが、それはただ餌を与えられ生かされている家畜のようなものだ。
「父上……僕は、あなたの幸せを祈っていました。
いつか父上の、曇りのない笑顔を見てみたいのです。
父上があまりにもお可哀相で……」
ガーラはラージャの前で、月の神の姿を型どった御神像を握り締めた。
そんなガーラの様子を見て、何故かラージャから微笑みがきえた。
「かわいそう……?」
ラージャはやや顎を上げ、下を見下ろすようにガーラの瞳を見た。ガーラの碧い瞳は哀れみ潤み、まっすぐに父王を見ていた。
「わたしがかわいそうだと?」
ラージャはガーラを鋭く睨みつけた。先ほどまでの穏やかな眼差しは消えてなくなってしまった。
ガーラは何か彼の気に障る事を言ってしまった事を悟って、身体が強ばっていくのを感じた。
「ち……父上、申し訳ありません。僕は出すぎたことを言いました」
ガーラは机に頭をこすりつけるように下げ、父と慕うものに非礼を詫びた。
ふっと、ラージャは含み笑いを漏らした。しかしその微笑みは、先ほどまでの優しい笑みではなかった。
唇の端をつり上げ、ガーラを見下すように冷たく笑っていた。頭を垂れているガーラの銀色の柔らかな髪にそっと手を通す。
「ガーラ、ザハンという賢者を知っているか?」
「ザハン……?」
ガーラは顔を上げ、きょとんと父の顔を見上げた。
その名前の人物は、知っていた。このルイムの賢者のなかでも、最も不審で危険な人物である。
日々あやしい魔術と科学の研究に没頭し、その融合により物質の原理を無視して未知なる物体を生み出すことの出来る神業を成す。
錬金術師の類だが、その真の能力はおそるべきものだという。
「恐ろしい人物です。それがなにか……?」
問いかけの真意を掴めずに、ガーラは小首を傾げた。
ラージャはくすくすと、うすら笑いを止めなかった。
「ザハンはな、優しい男だ。
おまえのようにな……。よく似ている」
意外な事を言われ、ガーラはえ? という声を上げた。構わずラージャは、言葉を続けた。
「似ているはずさ……。
おまえはザハンの子供なのだから……」
瞬間、ガーラは何を言われたのか飲み込めずに、じっとラージャの目を凝視していた。
ガーラはこの時、金縛りに遭っていた。
二つの色をした瞳から目を離せずに、凍り付いたように身体が動かない。
「ち、ちちう……え?」
引き絞るように声をだす。優しく微笑む目の前の人物の瞳は冷たい。
「賢者の中で、彼だけが優しかった。幼くして両親を失い、国王になった私の良き父になってくれた。
私には彼しかいなかった。ローラが彼の子供を身篭ったと聞いたとき、私は嫉妬と絶望に打ちひしがれてしまったよ。
だから私は奪った。彼の大切なものを一つ残らず…な」
ラージャは立ち上がり、動けないガーラの身体を抱え上げると、窓の前の広い寝台に乱暴に投げ出した。衝撃でごほりと青年は咳をはらう。
間を置かずに、ラージャはガーラを組み敷いて腕を抑え込んだ。ガーラの身体は父の突然の変貌に恐怖し、震えていた。
「父上……な、何を――」
震える声で必死にラージャに問う。
「わたしはおまえの父などではないわ……!!」
そう怒鳴りつけて、突然狂ったように笑い出した男に、ガーラは戦慄を覚えた。
萎縮して動けないガーラを、更にラージャは手近にあった自らの衣服の布を引き裂いて腕を後ろ手に縛り付けた。
小さな懐刀で、恐怖に震え無抵抗なガーラの纏う衣服をゆっくりと切り裂きはじめる。月に照らされて青白く光るガーラの素肌が、少しずつ外気に露にされてゆく。
「おまえを私の慰みものにしてやろう。
わたしを可哀想だと言ったな。そんな私に、その身体を捧げるんだ。
お前の優しさに、きっと神もお悦びになるだろう……」
ラージャは喉の奥から搾り出すような低い声で、ガーラの耳元に囁いた。その後すぐに彼は天を仰いで、天窓の向こうに浮かぶ満月を指差した。
「見たまえ、あの月を。神は美しいお前の身体を欲しているぞ……」
彼は、狂っている。
この時ガーラは悟った。
ぼろぼろに切り裂かれた衣服の隙間から、胸の皮膚にラージャの手が這いまわった。
誰にも触れられたことのない身体を、父と慕っていたものに突然神の前で陵辱される。そう思うだけでガーラは気が狂ってしまいそうになった。
嘔吐しそうになる喉元とは裏腹に、若い身体はあっけなく肉欲に降伏した。
ラージャの愛撫にそそり立ち解放を求める下半身を、自らの意志で抑え込むことは出来なかった。
「や……おやめくださ……ぃ……」
涙で濡れた瞳をラージャに向けるも、鼻で笑われてしまう。
「おまえのことだ、自慰も知らんのだろう?
教えてやろう、穢れた快楽を。わたしに感謝するんだな」
ラージャは見下すように告げると、熱く堅くなっているガーラのそれを手のひらに包み、扱いて解放を促した。
「あ……あ……っ……」
戸惑いがちに吐かれた甘い喘ぎに、ラージャはうっとりと聞き入った。霞がかった頭の中で、ガーラはすがるように神の名を呼んだ。
「か……み……さま……。神……様……」
どうか私をお許しくださいと、心の中で必死に懺悔をしていた。そんなガーラの様子を、ラージャは面白くなさそうに睨みつけた。
普通こういう時は、情事の相手の名を呼ぶものだと。
ラージャはガーラが懐に持っていた小さな神の像を手に取った。
「神信深いお前に……いいものをくれてやろうか?」
ラージャはガーラに微笑みかけ、御神像をちらりとガーラに見せた。
はっとなって見上げると、ガーラは酷く残酷なラージャの微笑みを目の当たりにした。
「ち、父上……?」
ガーラの心は恐怖に萎縮し、本能的に危機を感じ、身体が一層強ばった。
「神様を……感じさせてあげるよ」
手に持った像を舌で濡らすと、ラージャはそれをガーラの秘門にあてがい、一気に貫いた。肉体的、そして精神的な激痛がガーラを襲った。
「やああぁ――――っっ!!」
絶叫とともに、ガーラは飛び起きた。
「ガ……ガーラ!? どうしたんだ!?」
親しい仲間の声がした。その声の持ち主は、ガーラの目の前に飛びついてきた。
ガーラは耐えようのない吐き気に、飛び込んできた彼の肩を掴みその胸元に思いきり胃の中のものを解放した。
「うわーーーっ!! こんなところに吐くなよーー!!」
ルインフィートは、半泣き状態に陥った。
絶叫とともに、ガーラは飛び起きた。
「ガ……ガーラ!? どうしたんだ!?」
親しい仲間の声がしたかと思うと、彼の声の持ち主ルインフィートはガーラの目の前に飛びついてきた。
ガーラは耐えようのない吐き気に、飛び込んできた彼の肩を掴みその胸元に思いきり胃の中のものを解放した。
「うわーーーっ!! こんなところに吐くなよーー!!」
ルインも、半泣き状態に陥った。
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