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雪の日の悪夢
 暗闇と静けさに包まれた森の中、雪が静かに降り積もる。少年は一人道無き道を歩いてゆく。
 歳の頃15・6といったところだろうか、幼さを残した表情は寒さに頬を紅潮させている。吐く息は白く荒い。
 白い布を重ね合わせたような平面的な構造の衣服を幾重にも着込んでいる。その上から更に厚手の布を頭から体にかけてすっぽり包んで寒さを凌いでいるようだ。布の隙間から黒い髪が垂れて落ちる。
 どれだけ歩いて来たことだろうか、靴の皮があちこち擦り切れている。雪道を歩き続けた少年の足は冷たく冷やされ既に足の感覚はない。
 どこかで休憩をとろうとあちこちの集落をたずねまわっているものの何故か朽ち果て破壊の跡が残る所ばかりだった。
 何かがいる。
 少年は危険を感じこの森を一刻も早く出なければいけないと感じていた。

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 人里はなれた魔の森の中の小さな楽園。その場所を守り続ける者の息子は狩りに出ていた。
 こんな雪の日に獲物がいるわけはないと早々に諦めて少年は手ぶらで帰ることにした。
 少年は身を屈ませる。その背中の服の切れ目から突如黒いコウモリのような羽が2対、計四枚現れる。
 少年はその四つの羽根を器用にはばたかせると雪が降り散る空に向かって飛んでいった。
 人に似て異なる者。
 一般に「魔族」と呼ばれていた。
 人よりも強大な力を持ち危険な存在としての認識が高かった。
 ことさらサントアーク地方では魔としての認識が強く存在そのものを「悪」とされ、発見次第に狩られる対象となっていた。

 そんな彼らの逃げ場所がその集落だった。
 サントアークでは狩られる対象でもこの魔境を擁するルイムの国ではそういう事はなかった。
 しかし集落の管理人は用心深く、人嫌いであるために周辺に人が近づかないように森の磁場を狂わせ足を踏み入れた者の方向感覚を狂わせる呪いを施している。
 普通の人間ならばなんぴとたりとも入り込めないはずなのである。
 しかし空に飛び家路に就こうとした少年はにわかに信じがたい光景を目にするのである。
 帰るべき場所から尋常じゃないほどの煙と炎があがっている。
 いったいそこで何が起こっているのか。
 不安に押し潰されそうになりながら少年は羽根をはためかせた。



「とうさーん!!」
 少年は力の限り叫んだ。
 村は炎に包まれ修羅場と化していた。
 村の広場の中心に見慣れない人影がぐったりしている父親を抱え込み立っている。
 父親を抱えているのは女だった。
 身体に張り付いているような黒い薄手の衣を身にまとっている。
 ところどころ象牙のような動物の骨でできたような装飾品で飾られている。
 なんとなく嫌な……匂いを発している女だった。
 女の額にはまがまがしい三つ目の瞳が不気味に蠢いている。
 女は少年をちらりと一瞥するとひとことつぶやく。
「つかさ……?」
 見知らぬ女に自分の名前を呼ばれ少年……つかさはハッとなる。
 女は急いで身を翻すとなにやら不思議な術を使い一瞬にしてその場から消え去った。つかさの父親とともに。
 そして今まで村を焼き燃え盛っていた炎が嘘のように消え去ってゆく。
 にわかに信じがたい悪夢。
 つかさはそう思い込みたかった。
 一瞬にして彼の唯一の肉親である父も帰る場所も失ってしまった。
 残されたのは瓦礫の山だけだった。
 不思議なことに他の村の住人たちも跡形もなく消えてしまっているのである。
 つかさはどうしょうもない脱力感に襲われた。あまりにも突然のこと過ぎて悲しみもわいてこなった。
 絶望し、彼はその場に倒れ伏せた。静かに雪が彼の身にふりかかる。
 凍えるように寒い真冬の雪の日に彼は一瞬にして全てを失った。
 つかさはそのまま目を伏せた。このまま凍え死んだっていい。もう何もないのだから。


 ぱちぱちと火のはぜる音でつかさは目を覚ました。
 いつのまにかどこかの洞穴の中で眠っていた。身体に厚手の毛布がかけられている。暖かい……。
 誰かに助けられたのだろうか。
 洞穴には誰もいないが荷物が置いてある。外に出ているのだろう。
 つかさはふらふらと立ち上がり洞穴の出口へと向かった。
 するとずるずると何かを引きずるような地響きが聞こえ出した。
 何事かとつかさは急いで洞穴の外に出てあたりを見回す。

 自分と歳のころの変わらないであろう少年がいた。
 黒く長い髪を後ろで一つにまとめている。
 背中には柄の非常に長い戦斧をかついで、その両手には獲物だろうか、自分の背丈の四・五倍はありそうな巨大な大蜥蜴の尻尾を掴んでいた。
 地響きはこの少年が蜥蜴をひきずる音なのだろう。ゆっくりと少年は近づいてくる。
 いったい何者だ……。
 得体のしれない行動を取る少年につかさは驚きを隠せずに一歩二歩とずるずると洞窟に引き下がった。
 少年はそんなつかさの様子を見てにっこりと笑いかける。
 その表情はまさに満面の笑みだった。
 つられてつかさもひきつりながら僅かに微笑んだ。
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