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好奇心
 つかさが少し脅えていることに気づいたのか少年はにこにこしながらつかさの顔をのぞき込むようにして言う。
「なんだよぉ、俺化け物じゃないぜ?」
 化け物じゃない……この少年は人間なのだろうか。つかさは更に一歩引き下がる。
 ヒトとはかかわっちゃいけないと父から厳しく言われていた。
 だけど。
 興味がないわけではなかった。
 村の外がいったいどんな世界なのか、気にならないほどつかさは大人ではなかった。
 勇気を出して目の前の人懐っこい笑顔の少年に声をかけてみる。
「お……おまえは……」
「まずは腹ごしらえだナ!!」
 やっとの思いで問いかけたつかさの声を遮るように少年は戦斧を蜥蜴に向かってふりかざす。
 つかさの背筋に寒いものが走る。
――――腹ごしらえって……コレを食うのか!?
 心構えもないままに目の前で解体作業が始められる。
 甘やかされて育ってきたつかさは動物が肉になる瞬間など見たことがなかった。
「皮ははいで乾かして店にもっていくと売れるんだ」
 少年は斧から小さい短刀に持ちか器用に大蜥蜴の皮をはいでゆく。
 つかさは見ていられなくて目を背けていた。彼にとってちょっとした恐怖映像だった。
 一通り解体がすむと少年はひとまとまりの肉を掴み鉄串を刺していく。
 そしてそれらのうち幾つかをつかさに差し出した。
「食え!!」
 にこにこする少年の手を避けることが出来ずにつかさは肉を嫌嫌受け取った。
 少年はすでに肉を食べ始めている。
 ……生で。
 とてもつかさには真似することが出来ず、彼は洞穴の中の焚火の脇に鉄串を立てかける。
 焼けば食える……だろうと思って。
 少年の行動はつかさにとって衝撃そのものだった。
 いかに自分が甘やかされて育ってきたかを実感する。
 食えるものは食う。何も無駄にするものなどない。
 そうやってこの得体の知れない少年はここまで旅をして来たのだろう。
 ……一人きりで……?

 ひととおりあの大きな蜥蜴のような生き物を平らげると少年は眠くなったと即座に横になり居眠りをはじめた。
 なにもかもが突然の行動。
 本能の赴くまま彼は生きているのだろうか。
 人間とは皆……そういう生き物なのか?
 つかさは目の前ですやすやと寝息をたてる少年の頬に手を振れてみる。
「…………」
 安らかに眠るその顔はまだ幼くて邪気が全く感じられない。
 なんとなくつかさは手を服のあわせ目へと移動させた。
 人間の体はどうなっているのだろう。
 少年の胸元を開く。
 あちこち擦り切れてぼろぼろになっている衣服の中に現れたのは不自然な位に木目の細かい白く傷跡一つ無い滑らかな肌だった。
 何故かつかさはいけないものを見たような気がして慌てて衣服をもとに戻した。
 よくわからない興奮にかられて自分の心臓が高鳴るのを抑えることが出来ない。
 その時突然に少年は目を覚ました。
「いっけねぇ〜。寝ちまった〜〜」
 少年は思いきり腕を伸ばし欠伸をかいた。
 少年はちらりとつかさを見る。つかさの顔は真っ赤になっていた。
 途端少年はつかさを引き寄せ、自らの額をつかさの額と合わせた。
 突然間近に迫る少年の顔。
 つかさの頭の中は真っ白になった。
「お前熱あるなあ」
 少年は自らの荷物の中をごそごそ探り何か黒いものを掴み出した。
「飲め。きくぞ」
 にこにこする少年が手に持っていたのは黒焦げのイモリだかヤモリだか気色のわるいものだった。
 一気につかさは血の毛がひいてゆく。
「い……いい……」
 飲めるかそんなもん!! と、慌てて首と手を横にふる。
「そっか……苦いもんなぁ」
 しゅんとして少年は袋の中に戻した。
 つかさはこの名前も知らない少年に翻弄され、人間っていうのは確かに恐ろしい生き物だと実感する。
 これが勘違いだと、たまたまそういう者に出会っただけだという事に気がつくのはしばらく後のことである。
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