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影で蠢くもの
 朽ち果てた瓦礫の町に彼は立っていた。
 遅かったか……と、頭部を覆いつくす白い愛らしいうさぎの被りものからかすかにくぐもった声が洩れる。
 奇怪な姿だった。
 額に赤くZの文字が刻まれ、胸もとには『殺』と書かれた布切れが不器用に縫いつけられている。
 しかしこの国の一般住民が彼の姿を見たならば震え上がるであろう。
 一年ほど前にルイムの国王を殺害し今もなお七人の賢者を追う死刑執行人なのだから。
 何人かの賢者はすでに彼の手に落ちている。
 賢者というのは一概に『人』ではない。
 ひときわ強大な力を持つ魔族で構成されている。
 あるものは炎を統制し、あるものは天体から運命を見通す。
 彼らを倒すことができるさらに強大な力の持ち主、それがこの『うさぎのZ』だった。

 うさぎの目的は誰にもわからない。
 魔に偏りすぎた力の均整化か、それとも賢者や王族に対する私怨なのか。
 善か悪か、神か悪魔か。
 すべての謎はそのうさぎの着ぐるみの中に包まれている。

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 広大で豊かな土地を擁する西の大国サントアーク。
 王都ソルティアは太陽と光の王国と称されるのに恥じない壮厳で美しい巨大な城塞都市である。
 王城ソルティアはまさに権力と力の象徴とも言うべき力強さと華やかさを兼ね備えた外観でこの巨大で堅牢な都市を見据えている。

 サントアークは深夜を迎えていた。夜空高く月が淡く輝いている。
 王城のすぐ脇に男は邸宅を与えられていた。
 男の名前はダルマース・ゼノウス。
 サントアークをここまで巨大な国に仕立てたのは彼の力あってこそのことだろう。
 名もなき一兵卒はその凄まじい戦闘力と軍事統制力で大陸各地で小競り合いをつづけていた多数の小国を次々と制圧していった。
 彼は先代将軍の一人娘をめとり将軍家に迎え入れられることになる。
 ところがその翌年ゼノウス将軍家はダルマースと生まれたばかりの男児を残し次々とこの世を去る。
 当時城内に蔓延した奇怪な流行病によって。
 ダルマースの動向に不審な点は全く見られなかったものの、彼を不吉な者としてとらえる者は多い。
 サントアークに勝利と富をもたらした男は称えられると同時に限りなく黒い存在だった。
 まるで光が産み落とす影のように。

 ダルマースは邸宅の書斎で書類に目を通していた。
 サントアーク全国各地から寄せられる軍事に関する報告書である。
 各都市、自治体に不振な動向が見られれば彼はそれなりの指示を出さなければならない。
 一息つこうと彼は煙草の入れ物を手にとる。
 その時。
 ダルマースは強力な魔の気配を感じとっさに席を立ち身構えた。
 鋭い眼がさらに鋭くなる。
 軽い耳なりを覚えると同時に目の前の空間が歪んでくる。
 空間の歪みの中に人影が移った。
 瞬時に人影は実体化していき、何事もなかったように空間は元に戻る。
 突如現れた人物にダルマースは多少の衝撃を受けた様子で目を見開く。
「うさぎの……Z……?」
 うさぎの存在は彼の耳にも聞き及んでいた。
 まさか自分のもとに現れるとは。
 ダルマースは軽い戦慄を覚えた。
「こんばんわ、ダルマースさん。はじめまして」
 うさぎはぺこりとダルマースに頭を垂れる。予想外の行動にダルマースは一歩引き下がる。
「あなたに危害を与えるつもりはありません。
 ただ、尋ねたいことがあってお邪魔させてもらいました」
 そう言われても警戒を解く訳にはいかなかった。うさぎのZはあまりにも怪しい存在たった。
「人に物を頼むにはまず自身の素性を明らかにさせるのが先だろう?
 Z、お前は何者だ」
 着ぐるみを通して伝わる威圧感に押されることなくダルマースはうさぎを睨みつける。
 うさぎはしばらく考え込むとその頭部に手をかける。
「すみません。その通りですね」
 ゆっくりとその頭部が外される。
 中に見えたものは少し幼さを残すような青年の柔和な顔。
 大きな蒼い瞳がまっすぐ、ダルマースを見つめていた。
「お前は……」
 少なからずダルマースは衝撃を受けた。
 なんとなく中身の予想はついていたものの、実際見てみるとその噂に聞く行動と風貌の違和感に笑いすらこみ上げてくるようである。
「そんな顔をして、お前は仲魔を殺しているのか、ザハン」
 ダルマースの言葉が胸に刺さったらしく、うさぎ……ザハンは少しうつむく。
「……教えてください、ダルマース。
 あなたなら知っているはず。
 死霊魔術師、レイアの居所を」
「知らん」
 即答だった。まるで尋ねられる事の内容を知っていたかのように。
「しらばっくれないでください。
 彼女があなたの上司だという事は知っています。
 あなたが何故、ここにいるのかも」
 ザハンは彼に歩み寄る。ダルマースは身じろぎ一つせずに彼の視線をまっすぐ受け止める。
「あれとは縁を切ったんだ。
 俺も今ではレイアには追われる身だ。
 この傷がなによりの証拠だ」
 ダルマースは自らの左頬に手を触れる。そこには三筋の傷跡が走っている。
 ダルマースは穏やかに微笑を浮かべていた。
 それはザハンの知っている領域ではなかった。
「……そうですか……」
 知らないというのは本当なのだろう。ザハンは残念そうにため息をつく。
「せっかくの客人だ。茶でも容れよう」
「え……?」
 ダルマースは突如ザハンの手を引き書斎を出る。
 ザハンは驚きを隠せない様子で呆然と彼に従ってしまう。応接間の椅子にちょこんと腰掛ける。
「茶菓子は何がいいか?ザハン」
「……なにか……甘いものを……」
 ザハンは不思議な感覚に陥っていた。
 こんなふうに誰かに茶をもてなされたことなんて今まで一度もなかった。
 ただ自分は恐れられるだけの存在で……。
 突然の失礼な訪問を受け入れてくれるなんて。
 彼のなかに何か暖かい感情が芽生えていた。


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夜になると雪はまた吹雪いてきた。
洞穴の中お互い名も知らぬまま少年たちは身を寄せあうように同じ毛布にくるまっている。
何者だろう……こいつは……。
つかさはそう不審に思いながらも不思議と嫌な感じはしていなかった。
羨ましい位安らかに寝息をたてる黒髪の少年。
彼の側にいればこれから……寒い思いをせずに済むのだろうか。
事実として今、つかさは暖かい気持ちに包まれていた。
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