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明け暮れる世界
 少年たちはそれから行動を共にすることになった。  一度壊滅された村へと戻りつかさはできうるかぎりの身支度を整える。
 焼け出されずにすんだ少々の衣料を鞄に詰めてつかさは村の外で待つコテツのもとへと歩いていった。
 自分の故郷との最後の別れ。
 そこに振り返ってもそこにはもう何もないことを悟ると、つかさはただ前にいるコテツという名の少年について前に進んでいくしかなかった。


 つかさにとって冒険の旅は厳しいものだった。
 旅に出てからもう一ヶ月は経つというのに村らしい村もなくただ森の中をさ迷っているかに感じられた。
 ろくな食料もなく食べるものはその場その場で収穫しなければならない。
 夜になれば森の闇に紛れて獲物を狙う猛獣に脅えながら二人寝袋に身を寄せあって眠りにつく。
 暖かいふかふかの寝台と毛布や暖かい父の手料理はもうどこにもない。
 あるのは辺境地で生き抜くための戦術と知恵。
 そして旅を共にする少年の微かなぬくもりが疲れきったつかさの心をかろうじて癒していた。

 朝が来ればまた二人は歩き出す。
 徒歩以外に移動の手段が得られないような険しく複雑に入り組んだ魔境の道をひたすらに歩いてゆく、
 つかさは武器を所持しておらず時折出遭う怪物と戦うのはコテツ一人の役目だった。
 小柄な体に不釣り合いな長い柄のついた戦斧を器用に振り回す。
 斧の動きに遠心力が加わり自分の筋力以上の力を相手に叩きつけその肉と骨を砕く。
 鋭い刃物はすぐに歯こぼれして駄目になるという。
 長い旅を続けていく上でコテツはこの戦斧を最適な武器として選んだ。
 鮮やかにも思えるコテツの戦う姿をつかさはただ物陰に隠れて見守るしかなかった。

 つかさは何もできない自分に不甲斐なさを感じていた。
 彼の歩みについていくのが精いっぱいで、何も力になってやることができない。自分はあり余る位に世話になっているというのに。
 いつでも誰かに守られてばかりで半人前にもなれない。
 何か、些細なことでも自分にできることはないのだろうか。
 そう思っている時だった。

 二人の目の前に深い谷が現れた。
 無情にも橋は朽ち果て崩れ落ちていた。コテツはぽかんとその崖下を見つめた。
「あっちゃー、こりゃ別の道探すしかないな……」
 コテツはがっくりと肩を落とす。
 つかさは来た道を引き替えそうとする彼を引き留めた。
 コテツに出来なくて自分に出来ることがただ一つ。
 橋なんかなくても向こう側に渡ることが出来る。
 コテツを抱えて空を飛ぼう。
 自分が人間ではないことを晒すことになっても。
 つかさは決意した。
「かばん持ってて……」
 つかさはコテツにかばんを渡すとおもむろに上着を脱ぎ始めた。
 突然の行動にきょとんとしているコテツを背中からだき抱えるとその背の四枚の羽根をはばたかせた。
 突如として宙に浮いた体にコテツは驚きを隠せない。
「す……すげー!!」
 素直な感動の声が谷底にこだまして行く。
 それほど距離はなく飛び立ってすぐに対岸へと渡りついた。
 コテツの荷物ごと運んだせいか非常に重かったのだろう。つかさはぜーぜーと肩で息を切らしていた。
 息たえたえのつかさにコテツは驚嘆と絶賛の声を惜しみなくかけていた。
「すげーすげーすげー!!!」
 初めて自分が役にたった瞬間。
 正体を明かしてしまったことの不安といり混じってつかさは複雑な心持ちでコテツの表情を伺った。
 自分が魔族でも彼は自分を恐れずに側にいてくれるのだろうか。
 そんな不安がつかさの脳裏を横切ったがそれはすぐにかき消された。
「のぶっちと一緒だ!!」
 コテツは目を輝かせてつかさの肩を叩いた。
「えっ……?」
 始めて耳にする名前だった。
 もとよりあまり自分の過去を話さないコテツが珍しく昔のことを語り出す。
「うちのお手伝いさんの一人でさ、今のお前みたいにびやーっと羽根生えてて……ガキの頃よく背中に乗せてもらってたんだ!」
 嬉しそうなコテツとは対称的につかさは驚きを隠せずに固まってしまった。
 自分達の集落以外にも魔族がいるのかと。
 そして……何故人間と共存しているのかと。
 人間にとって自分達魔族は迫害の対称でしかないと父からは教えられていた。
 そのせいもあって今まで一度も森から出してもらったことなどない。
 ぐるぐる考えても何も答を見いだせないまま彼は衣服を整え何事もなかったかのように歩き出した。
 とりあえずコテツは自分を恐れずに受け入れてくれる。
 それが解っただけでも十分な収穫だった。

 二人は何事もなかったかのようにまた道なき道を歩き始めた。
 しかしコテツの中では変化が起きていた。
 つかさの羽根を見たせいで思い出さないようにしていた過去の記憶が蘇ってくる。
 お手伝いののぶっちは今も元気にしているのだろうか。
 心やさしい青年で自分によく仕えてくれていた。
 そして……自分の母親は元気にしているのだろうか。
 コテツは急に寂しくなり故郷が恋しくなってしまった。
「かーちゃん元気かなぁ……」
 自然と口に出た言葉。
 それはつかさが初めて耳にしたコテツの『弱音』だった。
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