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強制連行
 森の中の細い砂利道を荷馬車が行く。
 がたがたとせわしなく揺れながら馬の蹄の後と車輪の轍を残して行く。
 荷台は大きな布で覆いつくされ、その中には少年が二人その身を縄で拘束され寄り添うように隅にもたれかかっている。
 猿ぐつわを噛まされて二人はお互い話すこともできずにいる。
 彼らはここ一週間ほどロクに食事も与えられず荷物のように乱暴に扱われ、疲労のためかぐったりとしている。
 走る馬の足音と車輪の音だけが時間を支配していた。


 こんな事になったのは自分のせいだ。
 つかさは自責の念に捕らわれていた。
 山賊達に取り囲まれたあの時、自分も戦う事ができれば、こんなことにはなっていなかっただろうと思う。
 これから一体自分達の身に何が降り懸かるのだろう。つかさの心は不安と緊張感に支配されていた。
 彼はふと隣に寄り添うコテツの様子を伺う。
 不安でいてもたってもいられない自分とは対象的に、彼は見事にぐっすりと眠り込んでいた。
 荷馬車の揺れが心地よいのか、すやすやと安らかな寝息をたてていた。
 なんて奴だとつかさは驚嘆した。
 自分はこんなに思い悩んでいるというのに、彼は緊張感と危機感というものを感じないのだろうか。
 コテツは時折普段の無邪気で爛漫な様子とは対象的に恐ろしく冷静な一面もつかさに見せることがある。
 知れば知るほど不思議な人物だとつかさは感じている。


 それから数時間後、目的地にたどり着いたのか荷馬車は急にその動きを止めた。
 二人は引きずるように荷台から降ろされ、手首を縄で拘束されたまま引っ張られるようにどこかへと連れていかれる。
 しばらくぶりの外の世界は夜だった。
 二人の目の前に突如として現れたのは、古びているが風格と気品のある小さな城だった。
 城の裏庭の方に隠れるように存在した、小さな離れの扉を開けると、中の下り階段を降りて行く。
 ひんやりとした地下独特の空気が二人の顔の皮膚に触れる。
 連行された場所は牢獄のような所だった。
 鉄格子で戒められた部屋が二人が来るのを待っていた。
 二人はその牢のなかに投げられるように放り込まれた。
「ここでまってな」
 案内の男が冷たくいい放つと、いずこかへと消えていった。


 薄暗い牢獄の中、誰もいなくなったのを確認すると、コテツはその通常の人間より発達しているかのように見える犬歯で猿ぐつわを噛みきった。
「つかさ……縄といてやる」
 声を潜めてそうつかさに言うと、彼の手を戒めている縄を同じように噛みきって彼の両手を解放した。
 つかさの手が自由になり、彼らは自分を戒めていたものをあらかた排除することに成功した。
「それから、どうするの?」
 不意に鉄格子の外から何者かの声が響いた。  一週間ぶりに自由に動く手足の筋肉を伸ばす間もなく、館の人間だろうか、さっきの案内人とは違う着飾った青年が二人を見据えていた。
 髪は肩の上ぐらいで綺麗に切りそろえられ、微笑む青年の瞳は冷たい。
 体が自由に動かせるようになっても、彼らは鉄格子の中である。さして意味のない行動だったのだ。
「俺達をどうする気だ!」
 コテツは青年に吠えかかる。青年は薄笑いを浮かべたまま、二人に解答を述べる。
「どうするって、かわいがってあげるのさ。
 君達は買われたんだよ」
 そう言われても、二人には意味がわからずにコテツもつかさもきょとんとなってしまった。
 そのちょっとした間の開いた時間に、青年はなにやら聞き慣れない言葉を唱えはじめた。
「眠りの星よ……」
 青年はそう言葉を切ると鉄格子の中の二人に向かって手を振りかざした。
 青年は二人に眠りの魔術を施したのである。
 急激に強烈な睡魔が二人を襲い、抵抗することが出来ずに二人はそのまま倒れ込むように眠りについてしまった。


 つかさが数分後に気がついた時、側にコテツの姿はなかった。
 しまった!! と、彼は慌てて飛び起きた。
 大切なただ一人の仲間がどこかに連れていかれてしまった。
 無事だろうかとつかさは不安に陥るが、どうにかしてこの鉄格子の中から脱出しなければならない。
 彼は絶叫しながら本来の自分の姿を解放した。
 四つの群青のコウモリの羽と羊の角を持つ魔性の生き物。
 それがつかさの本来の姿だった。
 灰色の瞳は赤く変色し、ヒトガタをとっている時の大人しい彼とは形相がまるで変わっている。
 こういう状態を取ってしまったらあとは自分でも制御がきかないほどに凶暴になってしまう。自然に気が静まるのを待つしかないのである。
 本人にとっても心地の良い状態ではない。普段使わない力を使うので後に残る筋肉痛は凄まじく、自身を苦しめることになる。
 しかしつかさは迷うことなく力を解放した。
 コテツを助け出すために。
 つかさはいとも簡単に鉄格子をねじ曲げると、荒々しく外へと飛び立っていった。



 コテツはいつのまにか知らない部屋の天幕つきの寝台に横たわっていた。
 本人の気づかぬ内に身体は綺麗に清められ、身に纏っているのは薄い絹の夜着一枚だけだった。
 頭の中は薄雲りがかかっていてひどくぼんやりしている。何も考えることなど出来ない。気だるさと眠気がコテツを支配していた。
 寝台の脇に見知らぬ人物が座っていてコテツを見つめていた。
 金色の髪は長く、緩やかな波を描いている。
 きらびやかな衣服で相当に着飾っていた。趣味がいい服装とは言えないかも知れない。
 男だろうか……女だろうか……コテツには判別が出来なかった。
「うふふふふ……カワイ子ちゃん♪」
 しなを作りながら話すその人物の声は、まさに男の声だった。
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