王子様のおつかい
ルインフィートはここにガーラがいるかどうか、ザハンに尋ねた。
「ガーラ君ならいつでもいますよ」
ザハンは微笑みを湛えながら、ルインフィートを屋敷の中へと案内した。階段を上り、二階のガーラの部屋の前でザハンは戸を叩いて息子に話しかけた。
「ガーラ君、お友達ですよ」
そういうとザハンはルインフィートに軽く頭を下げると、一階へと降りていった。
のんびりとしたやりとりに、ルインフィートは少々苛立ちを覚えた。そしてガーラの友達だと言われると、どうもなにか違うような気がして落ち着かなかった。
扉が開き、ガーラはルインフィートの姿を見て少し驚いたような表情をした。
「一人で来たのかい?」
ルインフィートは俯いた。その様子を見て、ガーラはそれだけで瞬時に状況を把握した。
「奴の具合が悪いのか」
ルインフィートはガーラを縋るような眼差しで見つめ、助けを求めた。
「俺の風邪がうつってしまったんだ。すごい熱を出してる。
治してあげられないか……?」
ルインフィートの言葉に、ガーラは腕を組み、うーんと俯いて唸った。
「残念ながら、風邪を治す術なんてないよ」
「えー!」
ルインフィートは抗議の声をあげた。意地悪でわざとそんな嘘をついているのではないかと、ガーラに今度は不信の眼差しを向けた。
ガーラはわざとらしく身をすくめて苦笑いをした。
「そんな術があったら、お前が風邪を引いた時に使ってやってるよ」
「それはないな」
即答でルインフィートは否定した。ガーラはやれやれとため息をつく。
「風邪の特効薬なんて存在しないだろう? 魔法にもそんなものはないんだよ」
ガーラの言葉にルインフィートはしょんぼりとした。
「ハルマース……あいつ身体弱いから、死んじゃうかも……」
うなだれるルインフィートの頭を、ガーラは優しく撫でた。
「しょうがないなお前は。満足に一人で看病もできないのかい。
見るだけ診てあげるから、元気出せよ」
そう言うとガーラはルインフィートの背中をぽんぽんと軽く叩き、家を出るように促した。
ルインフィートは少し救われたような気がした。今日のガーラはいい人モードだと思い、安心してほっとため息をついた。
ザハンの屋敷から外に出て、二人はまず薬屋へと向かった。ルインフィートはハルマースの症状に合った薬をガーラに選んでもらった。
そして薬のほかに、消化が良くて栄養価の高い食品や、看病に必要な道具を買い揃えた。
ルインフィートは常日ごろから財布を持ち歩いていない為、代金をガーラに立て替えてもらった。
「なにからなにまですまないな……ガーラ」
「まあお前らしいというかなんと言うか、はやく奴に元気になってもらわないとこれは酷いな」
ガーラは苦笑した。ルインフィートは少々自分が情けなくなったが、このときばかりはガーラが心強く思えて彼のことが聖人に見えた。
ルインフィートは自分達が借りている部屋へとガーラを案内した。真っ先に寝室に向かい、ハルマースの様子を確認する。
ハルマースは相変わらず高熱にうなされていて、戻ってきたルインフィートに対して僅かに反応を示した。
「どこ……行って……た……?」
うなされながら、ハルマースはかすれた声を息絶え絶えに出した。ルインフィートはいたたまれなくなり、横たわるハルマースに覆いかぶさった。
「ごめん……ハルマース。俺どうすればいいかわかんなくって……!」
寝室に、看病の道具を揃えたガーラが入ってきた。ハルマースの熱に侵されて虚ろな瞳に、僅かに殺気が宿った。
風邪を引いてまで嫌悪をむき出しにするハルマースに対して、ガーラは引きつった笑顔を作った。
「あー、これはひどいな」
ガーラは嫌がるハルマースの額に手を触れて、その熱さを確認した。
「とりあえず熱を下げないと」
ガーラはそう言うと、薬を一つルインフィートに手渡した。
「これは?」
それはルインフィートが今まで見た事のない形をした薬だった。細長くて、片方の先が少し尖っている。
ハルマースはその薬を見て、持てる力を振り絞って起き上がった。しかしその身体をガーラが押さえ込んで再び寝台に沈める。ハルマースの表情が引きつり、短い悲鳴のような声が少し漏れた。
ガーラはにやりとほくそ笑んで、ハルマースの身体をうつ伏せにひっくり返して押さえ込んだ。
「それは座薬って言うんだ。熱を下げるお薬だよ。
そいつをコイツの下のお口から飲ませてあげるんだ」
「下の……お口?」
ルインフィートはほんの一瞬考えたが、直ぐに意味を理解して赤面した。ハルマースはガーラに押さえ込まれながらもがいている。
ガーラは容赦なくハルマースの下穿きをずり降ろし、尻を露にした。
「さあ、つっこめ」
ガーラの優雅な微笑みが、ルインフィートの目に焼きついた。ハルマースは既に抵抗する気力と体力を失い、尻を突き出したまま動けなくなっていた。
ルインフィートは恐る恐るハルマースの尻の割れ目に指を伸ばした。
「なんだかドキドキする」
ルインフィートは変な興奮を覚えながら、座薬をハルマースの中にゆっくりとねじり込んだ。
「ううッ」
二人がかりで座薬を挿入されてハルマースは唸り、枕に埋めた顔を見せようとしなかった。
「あとはコイツ次第だ」
ガーラはハルマースを無理矢理仰向けにひっくり返すと、彼は少し涙を滲ませていた。
滅多に見ることがない表情に、ルインフィートは思わず笑ってしまった。
その後ルインフィートとガーラは二人でハルマースの看病をした。枕を冷えた水枕に交換して、食事が摂れないので栄養剤を与え、氷嚢を彼のおでこにあてて頭を冷やした。
その甲斐あってハルマースの表情は徐々に安らかなものに変わり、座薬が効果を発揮して熱が下がり始めた。
うなされていたハルマースの寝息が安らかなものに変わり、峠を越したことを確信したルインフィートはほっと安心して胸を撫で下ろした。
二人はハルマースの眠る寝室から出て、居間でしばしの休憩を取ることにした。
「安心したら急に腹が減ってきたな」
「ああ、俺もだよ」
ガーラは相変わらず優しげな微笑をルインフィートに見せた。ルインフィートはすっかりガーラを信用して、感謝の言葉を口にした。
「今日はありがとう。やっぱりお前はいいやつだよ」
最初に抱いていた警戒心は消え去っていた。ガーラもルインフィートの気持ちに応えるように、笑顔を返す。
「仲間が辛いときは助けるのが当たり前じゃないか」
「ガーラ……」
ルインフィートは感動して、その瞳に涙を滲ませた。
「お前も疲れただろう、ほら、栄養剤。さっき薬屋で買ってきたんだ」
ガーラは優しく微笑みながら、ルインフィートに小さなビンを手渡した。
「ああ、気がきくなあ、ガーラ」
ルインフィートは
- そのビンの中の液体を、一気に飲み干した。
- そのビンのラベルを良く確認してみた。